第54話 模範英霊錬成教本 其ノ壱

 その日も、私は店の裏手の倉庫の中を見ていた。


 それにしても……ろくでもないものばかり入っている。見たこともないガラクタや、ゴミにしか見えない存在……


 特に親父は書籍の収集家だった。とにもかくにも、本を集めるのが好きだったので、倉庫には売り物ではない、親父の本がたくさん集められている。


「……ん?」


 私は整理していると、ある一冊の古ぼけた本の表紙に目が止まった。


 古ぼけた装丁で、かなり紙もいたんでいる。


「……なんだこれ。見たことがないな」


 私は埃を払いながら、その本を手に取る。表紙には……


「『模範英霊錬成教本』……聞いたことのない本だな……」


 タイトルの下には発行年らしきものが書いてあるが……年数からしてまだ戦時中に書かれたもののようである。


 私は本を開いてみた。


「『貴殿ガ英霊タル事ヲ望ム』……ハハッ。残念だが、私はそもそも戦争に行っていないのだよな」


 そう思って次の頁を開いた……その時だった。


 一瞬、私に何かとてもつもない重力がかかったような気がした。思わず目を瞑ってしまった。


 そして、それが終わると、今度はけたたましい音……そう。銃声だ。


 私は目を開く。


「おい、何やってんだ、新人」


 そう言われて私は我に返る。目の前にいたのは……


「え……渡良瀬……さん?」


 思わず驚いてしまった。私の目の前にいたのは……死んだはずの渡良瀬徹人だったのだ。


「あ? お前……寝ぼけているんじゃない。ここでは伍長と呼べよ」


 そういって、渡良瀬は私の頭を叩く。私は意味がわからず呆然としてしまった。


「え……だって、君は……死んだはずじゃ……」


「……おいおい。頭に銃弾でもめり込んだのか? いいか、新人。お前は今日この地獄に配属されたんだ。で、生き残っているのは俺とお前だけ、そして、俺もお前も死ぬのはこれからだ、行くぞ」


 そういって、渡良瀬は私を引っ張るとそのまま走り出した。私もそのまま走る。走れないはずの足は……普通に動いていた。


 目の前からは……銃弾が飛んでくる。頬をかすめたそれは、私の皮膚を間違いなく切り裂いた。


 そして……銃弾の一発が私の頭に当たった。


「あ、新人。クソッ……運の無いやつだ……」


 薄れ行く最後の意識の中で、聞いた言葉はそんな言葉……のはずだった。


「起きろ! 新人!」


 次に目を覚ましたのは……ベッドの上だった。


「え……あれ、私は……」


 見ると、目の前には渡良瀬がいる。


「敵軍の戦車だよ! さっさと起きろ!」


 そう言う渡良瀬の言葉と共に……私の頭上が爆発した。私は意味もわからないまま吹き飛ばされ、渡良瀬とともに起き上がる。


「クソッ……これ、使え」


「え……これは?」


 渡良瀬が渡してきたのは……手榴弾だった。


「行くぞ。あの戦車に向かって走れ!」


 そういって、渡良瀬は走り出した。私も走り出す。


 戦車からは機関銃の弾丸が飛んでくる。それが、程なくして私と渡良瀬を捉えた。


 全身に銃弾を浴びる。痛みとかは感じず、瞬時に死を理解した。


 そして、今度こそ死んだ……はずだった。


「おい! 新人! さっさと飛び立て!」


 聞こえてきた声は……やはり渡良瀬だった。私は……飛行機、それも戦時中の戦闘機の中にいるようだった。


「さぁ! 立派に散ってこい!」


 渡良瀬は窓の外で叫んでいる。


 私は飛行機をなぜか操縦できた。飛び立ち、程なくして敵軍の戦艦を確認し、そのまま急降下する。


 そこで、ようやく私は理解した。


 私は……とんでもない本を開いてしまったのだということを。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る