第38話 作品名『哀楽怒器』 其ノ弐

 哀楽怒器。名前の通り、折鶴お得意の人の感情に作用する骨董品である。


 ただ、こちらは「疑心暗器」よりも作成時期は後のようである。その分、精巧で丹精なその作りは骨董品蒐集家の間でも人気である。


 この作品は3つの皿が揃って初めて完成する。それぞれの皿は人間の感情に強く作用する。一つは哀しみ、一つは楽しみ、一つは怒り……という感じだ。


 これも「疑心暗器」と同じで皿の表面を見ると効果が作用する。ただ、これは一枚一枚を別々で見た時は問題ない。


 三枚揃った状態で皿の表面を見ると、今の佳乃のような状態になってしまう。


 この状態になってしまうと、延々と哀しみ、楽しみ、怒りの感情を繰り返す……考えただけで恐ろしい。


 しかし、解決方法は存在する。それは……


「喜び……」


 そう。哀楽怒器には、なければならないはずの喜びの感情を想起させる作品が存在しない。


 よって、この喜びの感情を想起させることができれば、哀楽怒器の作用は消滅するのである。


「……旦那ぁ……どうすればいいのぉ?」


 不安そうに泣きながらそういう佳乃。私は困ってしまった。


 佳乃が喜びそうなこと……難しいな。しかも、哀楽怒器の場合は、その他の感情を超えるような強烈な喜びがなければならないのである。


「……佳乃。君、何か望みはあるかい?」


 私は困ってしまった。思わず訊ねてしまった。


「えぇ? 望み……?」


 泣きながら佳乃は私に尋ねてくる。


「ああ。何かしたいとか……こうしてもらえると嬉しいとかそういうことだ」


 私がそう言うと佳乃は泣くのをやめた。すると、佳乃は今度は急に楽しそうに笑いだした。


「あはは! そんなの……ふふっ……なんでもいいよ! あはは!」


 佳乃はずっと笑っている……困った。一体全体折鶴はどうしてこんな作品を作ったんだか……


「……あ」


 私はふと、有ることを思い出した。そして、佳乃の方を見る。


「佳乃。君……綺麗な景色が見たいって言っていたよな?」


「……はぁ!? てめぇ、その話、何の関係があるんだよ!?」


 と、またしても怒りの感情が表出してしまったらしい。鋭い目つきで私に怒鳴ってくる佳乃に私は構わず話し続ける。


「よし。今日は店じまいだ。今から散歩に行こう」


「はぁ!? なんでてめぇと散歩なんて行かないといけねぇんだよ!?」


「……そうか。行きたくないのか。だったら、やめるか?」


 私がそう言うと佳乃は急にキョトンとした顔をした後で、またしてもボロボロと涙を流し始める。


「旦那ぁ……そんなこと言わないでぇ……アタシのこと連れて行ってよぉ……」


 なんとか怒りの感情が表出している時以外は普通に会話できるようだ。私はそのまま杖をついて立ち上がる。


 ボロボロと涙を流しながらも佳乃も立ち上がり、私と佳乃は連れ立って外に出ていったのだった。

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