ある晴れた日に 2

 クローディアの言った通り、次の日はパーティーになっていた。朝からマルコやイーグニスが仕込みに追われていた。しかしそれも束の間で、町子の祖父がよこしたコック軍団が台所を占拠したので、二人はそのままパーティーに出席することになった。

 前回と同じく、衣装から料理まですべてを町子の祖父が用意するため、他の人間は何もすることがなかった。ただ、言われるがままに衣装を着て、会場になっている屋敷のロビーに集まるだけだった。

「実花ちゃんや美沙さんたちは初めてですよね、うちのパーティー」

 ドレスに着替えながら、町子が二人に話を振ると、着たことのないドレスにあたふたする二人は、硬い笑顔で応えてくれた。

「なんでも町子さんのおじいさんが重大発表をするみたいだけど」

 実花はそう言って美沙を見た。すると、美沙はドレスを着替え終えて安堵のため息をついていた。

「実花ちゃん、それよりもあなた、このパーティーをもっと楽しまなくちゃ。どんな料理が出てくるのかな、とか、皆どんな衣装なのかな、とか。もっと楽しむ所見つけなきゃ」

「でも、そんなことを考えていたら私、すぐ赤くなっちゃうから。話に聞いたんですけど、月のシリンのフォーラさんって、すごくセクシーだって。それ聞いただけでもう」

 実花が顔に手を当ててもじもじしだしたので、町子と美沙は笑ってしまった。

「すぐ見慣れるよ。そばには伯父さんもいるだろうし」

 そう言って町子が実花の背を叩く。

 一方、他の部屋では輝がガチゴチに緊張しながら着替えをしていた。そばにいて着替えをしていたシリウスが輝の背を勢い良く叩く。

「いまさら緊張しても仕方ないだろ。なるようにしかならないんだから」

「でも俺、町子のおじいさんにあんなこと」

 輝は、そう言ってガタガタ震えた。すると、横で着替えを終えていたアースが笑った。

「慣れれば大したことはない」

「そりゃ、おじさんは経験値が違いますからね。王様とかやっているじゃないですか」

 輝はシリウスの説得も、アースの意見もまるで聞く余裕がなかった。輝が今何を抱えているのかを知る二人は、苦笑いをして見守るしかなかった。

 パーティーが始まると、まず、町子の祖父のガルセスが皆を静めてスピーチを始めた。

「ここにお集まりの皆さん、月の箱舟の事件に際して活躍なさった皆さん、その勝利を称えるパーティーにご列席いただきありがたく存じます。月の箱舟の勢力は大規模で、多くのシリンたちが被害に遭われたことと思います。大変でしたがよく乗り切っていただけた。そこで、今回は私のほうから提案があります」

 そう言って、町子の祖父は輝を自分の傍らに迎え入れた。そして、その肩に手を置いて、緊張する輝の背を二回、とんとんと叩いた。

「高橋輝君とその母である高橋芳江さんを、わがフェマルコート家に迎えたいと思う。そして、日々貴重な人材として世界をめぐっているわが嫡男・アースの代わりに、このフェマルコート家を継いでほしいと思っている」

 どよめきが、起こった。

 輝は、不安な面持ちで町子の祖父を見た。すると、そのどよめきさえも予想していたかのように余裕の表情を見せる老人は、輝のほうを見て微笑んだ。

「輝は、ずっとこの英国にいるの?」

 誰かのささやきが聞こえた。その問いには、町子の祖父が答えた。

「驚かれるのも無理はない。皆さんご静粛に。輝はこの英国に永住することを決めてくれました。日本との違いはたくさんあるでしょう。しかしそれを乗り越えてまで私の要求を呑んでくれた。ありがたく思っています」

 また、どよめきが起こった。しかし、そのすぐ後に誰かが拍手を始めると、皆が拍手を始めた。それは次第に広がっていき、大きな波となっていった。

 拍手が収まると、輝はみんなの中に再び迎え入れられた。正直、不安で仕方がなかった。皆がこれを受け入れてくれるのか。だが、受け入れてもらえた。輝は、アースとシリウスのもとに走っていって、アースの懐に飛び込むと、抱きしめ合いながら涙を流した。

 それを見ていた町子は、一人、戦慄していた。

「輝がおじいちゃんの跡継ぎ、ってことは、私はどうなるの?」

 すると、町子の陰からクローディアが現れて、耳元に囁いた。

「フェマルコート家の跡継ぎの嫁。実質権力者の財布を握るのはあなた」

「クローディアさん! 脅かさないでください!」

 町子がびっくりしていると、そこにメティスが現れた。白いスーツがよく似合っている。

「町子さん、アースにはまだテルストラの国王としての仕事が残っているんだ。フェマルコート家の跡継ぎにはなれないんだよ。そこは理解してほしい」

「じゃあ、伯父さんはまた暁の星に行っちゃうんですか?」

 メティスは、首を横に振った。

「地球にいながら、仕事をこなしてもらうことになるだろうね」

 その言葉に、町子はホッとした。アースがいなくなるわけではないのだ。

 輝が帰ってきて立食パーティーが始まると、皆が思い思いのものを食べ始めた。それはとても楽しく、充実した時間だった。

 少しの間立食を楽しんだ後、何人かはロビーから外に出て、庭で休んでいた。立食が疲れたのか、座っている人間もいる。

 町子は、実花と一緒に行動していたが、二人してロビーから庭に出ると、ひとり、フォーラだけが噴水の淵に腰かけて外の景色を眺めていた。まだ日は高い。パーティーもこれからだ。

 そのフォーラのドレスを見て、実花が声を上げた。いつにもまして色っぽかったからだ。

「伯父さんも、よく平気だなあ、あれ。慣れかなあ」

 町子はそう言ってフォーラのほうへ歩いていった。町子や実花に気が付くと、フォーラはにこりと笑って立ち上がった。

「踊らないの、伯母さん?」

 町子が問いかけると、フォーラは首を横に振った。

「今回は良いの。いてくれればそれで。どうやら輝君たちに取られちゃったみたいだし」

「寂しくない?」

 心配する町子に、フォーラはまた笑いかけた。そして、隣にいる実花に目をやる。

「寂しくなんてないわ。それよりも実花さん、あなた」

 そう言って、くすりと笑って腰をかがめ、実花の額にキスをした。

「今日のあなたはとびっきりきれいよ。自信を持って」

 実花は、その言葉と行動に顔を真っ赤にして応えた。フォーラは声を出して笑う。こんなにフォーラが幸せそうにしているのを見たのは、久しぶりだった。

 そうこうしているうちに、実花の母・瑞希と、父親である彬夫(あきお)がやってきた。

「こんなところにいた!」

 瑞希がそう言って走ってくる。父、彬夫はゆっくりとにこにこしながらこちらにやってきた。

「まあまあ、いいじゃないか。町子さんと一緒なんだから、間違いは起こらないさ」

 彬夫はのんびり屋だった。畑仕事もこの調子なのだが、きちんと時期になれば出荷するのだからすごいものだ。

「女神のキス」

 彬夫は、そう呟いて実花のところに来ると、フォーラが口づけした額を見た。

「実花は、強くなったな。この学校に来て、ここで学んで。父さんたちも、この土地で畑仕事をすることを条件に、ここに住むことを決めたよ。日本では、お前の居場所はなかったからね」

 すると、急に実花の顔が明るくなって、気が付いたら実花は父親の懐で泣いていた。

「おとうさん、ありがとう! 私、勉強すごく頑張るよ!」

 それを見ていたフォーラと町子は、微笑みながら上田一家を見つめていた。

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