理想と現実 8

 ヴァルトルートの要塞の攻略後、上空から海上へ降下し、飛空戦艦はいったん骨休めをし、皆の体力も回復させることにした。壊れてしまったセインの槍は、彼自身が海上へと破棄した。二千年もの間ずっと一緒だっただけに、かなりの喪失感があったが、仕方のないことだと諦めるしかなかった。

 そんなセインのもとに、輝がやってきたのは翌日の昼下がりのことだった。何も言わずにただついてきてほしいというので、ついていったら、そこはメルヴィンの部屋だった。ノックをして入ると、メルヴィンは額に汗をかいてにこりと笑っていた。そして、その手に持っているものを見てセインはびっくりした。

「それは、黒鉄の、私のものでは?」

 メルヴィンは、頷いた。

「できるだけオリジナルに近づけたつもりです。輝が環にアクセスして情報を引き出してくれていたので」

 メルヴィンが槍を差し出したので、セインはそれを受け取って驚いた。

 軽い。しかも、以前自分が使っていたものと遜色ないくらいに手になじむ。まるで、二千年間使いこまれてきたもののように。

「セインさん」

 セインが槍を受け取ったことを確認すると、今度は輝がセインに話しかけてきた。

「これから捕虜になった二人に会いに行こうと思うんです。俺一人で行ってもいいんですが、証人が一人欲しい。一緒に行ってはもらえないでしょうか」

 セインは、輝のその提案を、快諾した。

「もちろん、私は構わないが、アースには許可をとったのか?」

 輝は、頷いた。

 その瞳に嘘はないのだと気が付いて、セインは輝とともに、ヴァルトルートとエルザの捕らわれている部屋に行くことにした。

 捕虜を収容している部屋は戦艦の最奥部で、二人の態度から、牢にまでは入れられていなかった。ただ、見張りにシリウスが付いていて、外からしか鍵が開けられないつくりになっていた。

 部屋に入ると、二人のもとボスは、ベッドの上に座って何かを話し合っていた。

「ヴァルトルート、エルザ」

 セインが、まず二人の名を呼ぶ。それに気が付いた女性二人は、入ってきた輝とセインを見た。

「私たちを殺して、海に捨てたりはしないのですね」

 ヴァルトルートは床に目を落とした。その背を、エルザがさする。

「我々は月の箱舟とは違う」

 セインがそう言うと、エルザの顔が少し明るくなった。

「君たちの処遇は、次の要塞を何とかしてから決めることにする。だから、ひとつ教えてほしい。ラヴロフの要塞は、一体どうなっているんだ?」

 輝が問うと、二人は何のことなのか分からない、といった顔をした。

「どうなっているって、普通の要塞じゃない。空に浮かんでいて大きくて」

 そこまで言って、エルザはハッとした。どこか、何かがおかしい。

 そうだ。ここのところずっと、あの飛空要塞は海上に降りて燃料を補給していない。ある程度はソーラーシステムで動いているにしろ、滞空時間が長すぎる。

「ラヴロフが何かをした? 私たちには分からないわ。ただ、あの男は油断がならない。そういえば一人でゴーレムを開発していたわ。それも私たちのよりずっと大きいのを一体。さらに、ケンって人を攫って何かをしようとしているし。私たちよりずっと厄介なのは確かよ」

 そこまで聞いて、輝とセインは互いに頷きあった。

「ありがとう、エルザ。それだけ聞くことができれば十分だよ」

 輝とセインは、そう言ってそこから去っていった。エルザはヴァルトルートの身体をぎゅっと抱きしめて、震える彼女の緊張を解こうとした。今の会話で、ヴァルトルートの心はずいぶんと揺れていた。今まで強がって、鉄の女の仮面をかぶってきたが、本当の彼女は脆く、崩れやすかった。それを知るのはエルザだけだった。

「エルザ」

 ヴァルトルートは、自分の体を抱きしめるエルザの手にそっと触れた。

「あなたがいないと生きていけないのは、私のほうかもしれないわね。でも、私たちは罪を犯しすぎた。もう、生きている資格などないかもしれない」

 ヴァルトルートは、そう言って一筋の涙を流し、ひとつの小さなチップを胸の谷間から取り出した。ここに入るときに受けたボディー・チェックから逃れた、唯一の小型爆弾だった。

「エルザ、私とあなたなら、どんな地獄に行っても耐えられる」

 そう言って、ヴァルトルートはエルザを抱きしめて、プラスチック爆弾のスイッチを押した。

 しかし、爆弾は爆発しなかった。何度スイッチを入れても爆発しない。変に思って爆弾のほうを確認すると、爆発するのに有効なスイッチからの無線電波の受信器が壊されていた。ハッとして入り口のほうを見ると、扉が開いている。見ると、その扉のこちら側、壁に寄り掛かって、誰かがこちらを見ている。

「逃げるのはもう、やめにしたらどうだ」

 その人物の顔は、逆光になって見えなかった。しかし、エルザがその気配を感じて涙を流した。

「では、私たちにどうしろと?」

 ヴァルトルートが涙を流すと、その人物はその態勢を崩さずに、続けた。

「そう簡単に償えるほど、お前たちの罪は軽くはない。だから、罪を償えとは言わない。だが、せめて生きることで、自分のしてきたことが遊びではなかったことを知るといい」

 その言葉を聞いて、二人の捕虜は、事態の重みを知った。二人抱き合ってすすり泣くと、例の人物はその場から姿を消していた。

 ヴァルトルートとエルザが捕虜の部屋から出されたのは、その数時間後のことだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る