大地への伝言 7

 皆が屋敷に戻ると、まず、エクスカリバーを抱えていたアーサーのもとへ、セインが駆け寄ってきた。

「アーサー、状況は?」

 すると、アーサーは急いでセインに聞き返した。

「輝はどうなっている? 私たちと一緒に帰ってきたはずだが」

 すると、セインは首を横に振った。不思議なものを見るような顔でアーサーを見ると、輝のもとへと誘導した。

「輝は、急におとなしくなってしまって以来、呼吸だけはしているが意識が全くない、昏睡の状態だ。町子もまだ帰ってきていない」

 セインが説明を終えると、アースが起き上がってきて皆を見回した。シリウスが駆け寄ってきて、アースに状況を告げた。

 すると、アースはまず町子の様子を見た。体に異常はないが、ひどく悲しい顔をして涙を流している。

 次に、輝を見た。セインの言った通り、昏睡状態に陥っている。

「危険な状態だ」

 アースが一言、そう言うと、部屋にいた人間も、開いたドアからこちらをうかがっていたカリムたちも、絶望に打ちひしがれた顔をした。

「そんな! 何とかならないの?」

 カリーヌが部屋に入ってきた。同時に、他の人間も部屋になだれ込んできた。アースは、それを気にすることなく、輝の額に手を当てて様子を見ていた。

「俺にできることはすべてやったはずだ。町子たちは環から帰る気が失せてしまっている。それをどうにかしない限りは、輝も町子も、危険なままだ」



 小鳥が鳴いている。

 きれいな花が足元で揺れて、暗い空間に光を灯した。次第に出来上がっていく地球のシリンの空間は、真新しい風景を町子の前に作り出していた。

 すでに何百年も前に滅びてしまった文明の遺跡。そのあとには草が茂り、花が咲き、澄んだ水が近くに湧き出ていた。その水をすくい、自分の膝の上に眠っている輝に口移しで飲ませた。輝は、目を開けると、しっかりと町子を見た。

「輝、環の中は暖かいね」

 町子は、そう言うと一筋の涙を流した。

「ごめんね、輝。私色々酷いこと言った。酷いこと考えていた。輝の気持ちも知らないで」

 すると、輝の手がすっと伸びてきて、町子の涙を拭った。輝は、すくっと立ち上がると、町子の身体を抱きしめた。

「生命の水」

 輝は、自分の頭の中に流れ込んでくる記憶をたどった。いつか、この地で同じように水を飲んだ人がいる。その人も、生命の水と呼ばれるこの水で命を取り戻した。

 そして、自分の分身、もう一人の自分を世界に放った。

「町子、君は温かいな」

 輝は、そう言ってそっと微笑んだ。輝が環の中で意識を取り戻した。町子には、もうそれだけでよかった。地上に戻って、また痛い思いをしなければならない、そんな状況にはもう輝を置きたくなかった。

「ねえ、輝、私、帰りたくない」

 町子は、そう言って輝の体を抱き返した。輝は、何も言わなかった。ただ、ずっと町子のぬくもりに触れて、それを感じている時間に身をゆだねていた。

 だが、それではいけないことも確かだった。ここにいれば、体を失ってもそのままでいられる。永遠に町子とともにこうしていられる。帰ってしまったら、ひどい痛みと熱に苛まれるし、それが治ったら次に待っているのはサッカーができない悔しさと、しばらく続くリハビリだ。苦しいことばかりが待つ地上に帰りたいとは思えなくなってしまった。

 しかし、それでも輝は首を振った。

「町子、それじゃいけない。帰ろう」

「どうして? このままだと輝は、すごく痛い思いをしなきゃならないんだよ。悪いシリンは伯父さんがやっつけてくれたし、あとは私たちがいなくてもどうにかなるよ」

「それはそうだけど、でもやっぱり、俺」

 輝は、町子の手を見た。そして、そっとその手を握る。

「俺さ、町子の体の温かみが欲しいんだ。それに、皆のことも好きだ。町子にも、大事な人がいるだろ。友子や、朝美、お父さんにお母さん、それに、クチャナさんも」

 町子は、輝の言葉に、目を逸らした。

「それを全部捨ててもいい。輝が苦しい思いをするよりもずっといい」

「町子、それ、俺は嫌だよ。怪我の痛みやサッカーができない悔しさは、どうにかなる。苦しくもなんともないよ。だけど、俺は、この地球が好きなんだ。空をずっと下から見てさ、ああ、あそこに行きたいって、憧れている、地上にいる俺が好きだ。だから、地面にしっかり足をつけてさ、地面からちゃんと地球を感じられる、そんな場所に帰りたい。町子が空への伝言を使うように、俺は大地を伝って伝言を送る。出来ると思うんだ。俺と、おじさんなら」

「空も、大地も好き」

 町子は、少し考えるしぐさをして、輝から離れた。そして、今度は輝の手を握ると、すがるような目で輝を見た。

「空は私、大地が輝。私、どうしたらいい? 誰に伝言を送ればいい?」

 すると、輝は町子の手を地面に置いた。ここは上空。宇宙と空の境目にある、静かなる自然の環。

「地球のシリン、アース・フェマルコートに、これから、二人で帰りますと、一言。空への伝言を。そして、俺は大地の伝言を」

 町子は、頷いた。少し、寂しい気持ちもあった。輝がいればそれでいい、そう考えていた。しかし、この状況も、もう少し経てばとてつもなく寂しくなってきてしまう。それは、家族や友人、仲間たちの良さを知ってしまったからでもあった。

 町子は、限りなく優しく自分を包み込んでくれる輝の優しい笑顔を見て、決心した。

 そして、万感の思いを込めて、空への伝言を、地球のシリンに送った。

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