壊れた金細工 5

 メルヴィンに与えられた猶予は三日。

 彼は、金細工を自分の部屋に持ち込んで、何やらいろいろと考えてはそれを実行していた。金属を打つ鎚や、道具は一切もらってきていない。おそらくこれは、メルヴィンの心理を試すテストなのだろう。

 メルヴィンは、いったん金細工を割ろうとするのを諦めた。これを割ったアースは何という怪力なのだろう。メルヴィンがそれをやろうとしてもびくともしない。

 ここはいったん諦めて、明日情報を集めてからやり直そう。メルヴィンは夜も遅くなってきたので、金細工を自分の枕元において、眠った。

 その晩、メルヴィンは夢を見た。

 緑豊かな段々畑の隅に座って、眼下に流れる川を見下ろしていた。ずいぶんと下のほうに川が見える。メルヴィンが今座っている段々畑からは、見上げると大きな山が見えた。

 その景色の美しさに見惚れていると、隣に誰かがやってきて座った。

 ワマンだった。その手には例の金細工を持っている。壊れてはいなかった。

「俺は、彼女を守れなかった」

 ワマンは、メルヴィンのほうを見ないで、そのまま眼下にある川に目を落とした。

「俺に、力がないばかりに、彼女をいつも救えない」

 メルヴィンは、そんなワマンの気持ちがよく分かっていた。メルヴィンは今まで、自分に力があれば何かもっとよくなったはずだ、そう思ってきた。だが、ここでメルヴィンは思い返した。

 メルヴィンは、輝を助けるために地球のシリンの意識の中にまで行ったことがある。それに、メリッサに薬を作らせるきっかけも自分が作ったのではなかったか。確かにそのあと、傷心しているところを彼女に助けられたが、メルヴィンは、なにもできなかったわけではない。

 力がないわけではなかったのだ。

「ワマンさん、何も戦って勝つことや、人の役に立つことだけが力じゃないよ」

 メルヴィンは、いまだにこちらを見ることのないワマンの持っている金細工を見た。鋭く光る金が、太陽の光を反射している。

 ワマンは、首をゆっくり横に振った。

「彼女が傷つくのを止められなかった。俺が環の中から引きずり出された時だった。彼女はとても悲しい顔をして、俺を見た。月の箱舟に従ったばかりに、俺は彼女を悲しませた。彼女は今頃俺を責めているだろう」

 メルヴィンは、いまだに哀しそうにしているワマンの肩に、そっと手を置いた、すると、ワマンはそこで初めてメルヴィンを見た。

「クチャナさんはそんな人じゃない。僕も、彼女を好きになって、彼女を誘ったことがあるんだ。好きな人がいるって断られてね。僕はとても傷ついたけど、彼女はもっと傷ついていた。それでも次の日には僕に笑顔を向けてくれる強さがあった。クチャナさんのことが好きなら、ワマンさん、あなたも、彼女の強さを信じるべきだ」

「彼女の強さを、信じる?」

 メルヴィンは、頷いた。

 ワマンは不思議なものを見るように、メルヴィンを見た。信じるということ、おそらく、ワマンはそのようなことを今までやってきたことがないのだろう。ずっと、ずっと、クチャナのことを想うことはあっても、信じて待つことはなかった。だから、月の箱舟に利用されてしまった。

 メルヴィンは、ふと、ワマンの持っているきれいな金細工を見た。そして、それを少し貸してくれと頼んだ。すると、ワマンはためらいがちにそれをメルヴィンに手渡した。

「この金細工がきれいなのは、きっと、ワマンさんの思い出がきれいすぎるから。その思い出がいつまで経っても金細工を縛り付けているんだ。だから壊れない」

 そう言って、メルヴィンは金細工に力を込めて、割ろうとした。すると、金細工はきれいな音を立てて真っ二つに割れた。

「思い出はいずれ色あせる。物事は常に変わりゆく。だから、思い出のままの物なんてこの世には存在しないんだ。かならず、どこか変わっているし、なくなっている。変化を受け入れられないから、この金細工はきれいなままだったんだ」

 メルヴィンがその場で答えを出すと、ワマンはメルヴィンを見て微笑んだ。

「ありがとう、メルヴィン」

 ワマンは、そう言うと、そっと立ち上がって、ゆっくりとメルヴィンのもとから去っていった。金細工はメルヴィンの手の中で、割れたまま残っていた。

 メルヴィンは、そこで目を覚ました。

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