壊れた金細工 2

 ワマンは、コイユールと呼んでいたクチャナのことを、ようやくクチャナと呼べるようになっていた。彼から得られる情報は莫大なものだった。時間渡航者として月の箱舟の中枢部にまで食い込んでいたからだ。

 次いで、その一日後にはアニラが正気を取り戻した。アースと天佑、紫萱は、疲れていたのでしばらくは寝ているから起こさないでくれと言って、寝てしまった。アニラから得られる情報はそう重要なものではなかった。だが、少なくとも浩然とラウラが洗脳されているわけではなく、自分の意思で裏切ったことは分かってきた。

 新しく屋敷に来て部屋をあてがわれたセベルという青年は、すこしだけ、月の箱舟のことを調べてきてくれていた。

 セベルは、皆が健在の時に屋敷のホールに皆を集めて説明を始めた。そこにはクチャナに連れられたワマンと、紫萱に連れられたアニラの姿もあった。

「いま、月の箱舟は真っ二つに割れている。一方は地球のシリンと同等の力を持ったシリンを作って人類の思想統一を図り、それによって地球全体を支配しようという力。それがラヴロフという男のいる組織だ。もう一つは、大量の人工シリンを作って因果律を支配し、地球上のすべての事象を掌握しようという勢力。これは、そもそも月の箱舟のリーダーであった、ある人間の構想だ。この図式から行くと、ラヴロフがその人間の下にいた時代に、彼自身が次第に力をつけていって、その人間と並ぶ勢力になったと考えたほうがいい。一見、リーダー格の、その人間のほうが危険なことを考えているように思えるが、その方法で何度も失敗している以上、メンバーがラヴロフになびくのは自然なことだ」

 セベルがそこでいったん説明を終えると、メルヴィンが顎に手を当てえて考え、真っ先に意見を出した。

「月の箱舟も一枚岩ではないってことか。どっちから攻めるのが得策だろう?」

 すると、メリッサがアニラと紫萱のほうを見た。

「アニラ、あなたはどちらの組織にいたの?」

 アニラは、その質問に、何か嫌なことを思い出したのか、小刻みに震えていた。しかし、小さな声で紫萱に一言言うと、震えるのをやめた。

「人工シリンのほうみたいです。ヴァルトルート、ドイツ人の女性らしいです。それがリーダーの名前で、彼女を洗脳していた人間の名前は、エルザ。これもドイツ人の女性です」

「ドイツにそんな組織があったなんて!」

 シリウスの妻であるネイスが、びっくりしてあんぐりと口をあけた。少なくとも自分たちの住んでいる地域にそのようなものはなかったはずだ。

 しかし、はっと気が付いて、皆を見渡す。皆、同じようなことを考えているのだろう。

「飛空要塞」

 ナギが、車いすに乗って参加しているクローディアと目を見合わせた。クローディアがその言葉のあとを継ぐ。

「前回のような飛空要塞がまだ、たくさんあったとする。今度はアントニオの船の砲弾が効かないほど強化された装甲で、敵もうじゃうじゃいる。ゴーレムも強化されているでしょうね。早急にその対策をアントニオの船と私たちでしなきゃいけない」

 その意見には、皆が同意した。

 そのなかで、不安を口にするものが出てくることもあった。誰もがこれから具体的に何をしていったらいいのか、分からなかったからだ。

 それには、輝が手を挙げた。

「俺たち自身の戦闘能力の底上げは必至。その上で、敵がどんな対策をしているのかを調査する必要があると思う。危険だけど、スパイを送りこむとか、誰かが調査しに行くとか。その上で、アントニオの船のどこをどう改良したらいいか、町子の矛やアーサーさんの剣のどこをどう使ったらいいのか、自分たち自身どう変わっていったらいいのか、決めていけばいいと思うんだけど」

 その輝の意見には、アイリーンが反論した。姉をちらりと見る。

「でもそれじゃ、遅すぎるんじゃなくって? 敵さんは日々進化している。のらりくらりとやっている暇はないはずよ」

「じゃあ、一体どうすれば?」

 その時、こわごわとだが、ワマンが手を挙げて、ざわめく皆の声を止めた。

 皆がワマンに注目する。緊張した。しかし、言わなければならないことがあった。ワマンは、勇気を振り絞って声を出した。

「俺たち渡航者は、地球のシリンの管理下のもとで時間渡航ができます。ドロシーや、暁の星にいるロイという人のものも、もともとは時間の概念を使った転移です。その時間を有効活用できないでしょうか」

「時間を有効活用!」

 みんなが、湧いた。もしかしてこの手なら何とかなるかもしれない。相手の時間を遅らせる、自分たちの時間を早める。そう言ったことができやしないだろうか。

 皆が、アースを見た。地球のシリンの管理下で行われる以上、彼にすべての監視を任せなければならない。地球のシリンの許可は絶対だった。

 アースは、笑いもせず怒りもせず、ただ淡々と、事の成り行きを見守っていた。そして、ワマンのその提案に、難しい顔をして答えた。

「時間操作は容認できない」

 すると、皆の中から落胆の声が出た。やはり、時間を操ってこちらに有利になるよう働かせえるのは無理なのか。

 しかし、アースの言葉はそこでは終わらなかった。アースは、皆を鎮めるために少しだけ、手を挙げて合図をした。

「俺が言ったのは時間操作の問題だけだ。渡航者がどう動くかまでは禁止していない。作戦行動上に限って言えば、渡航による時空の利用は可能だ」

 それを聞いて、皆はホッとした。

 月の箱舟の攻略。二か所の攻略が必要だが、すこしだけ目標が見えた気がした。

 皆はいったんそこで解散し、次の作戦がたたるまで自分を鍛えながら何日か待つことになった。

 輝たちの学校も、久しぶりに再開することになった。

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