託されたもの 3

 町子は、自分が欲しい武器を早々に決め、町で洗剤と菓子折りを買ってクチャナのもとに向かった。菓子折りは日本のようにはいかなかったので、ホールケーキをプレゼント用に包んでもらった。

 学校のない休日にクチャナのもとを訪れると、彼女はクエナと一緒にお茶を飲んでいた。ちょうどケーキを買ってきたので町子はクチャナとお茶をすることにした。

「セインから話は聞いている。私に武器を作ってほしいそうだな」

 町子は、その言葉にドキリとした。自分から言いだそうとしていたことをクチャナは知っていた。しかも、少し難しい顔をしている。

「あの、無理だったらいいんです! セインさんとアーサーさんのような緊密な関係はないし、クチャナさんが私に武器を作りたいっていう理由もありませんから!」

 町子が焦っていると、クチャナは突然笑いだした。そして、町子の持っている土産に目をやった。

「それはなんだ、町子」

 町子が泣きそうな顔でそれを取り出すと、クチャナはそれを見て急に顔を明るくした。

「町子! これはありがたい! クエナのポンチョを洗う洗剤を探していたところだ。これは日本のものなんだろう?」

「え? あ、そうです」

 町子は、その洗剤を取り寄せたのがテンであることを伏せることにした。確かに日本のものだが、効果はこの国のものと変わらないはずだ。

 クチャナは非常に喜んでいたが、町子の胸中は複雑だった。セインはアーサーと、親友と言う間柄で、互いに互いの背中を預けられるからこそ、エクスカリバーを託した。だが、町子とクチャナの間には何もない。知り合ってまだ数か月だし、親友でも何もない。たった一度の機会を使って、町子に武器を作る動機がないのだ。

 少し、落ち込んでいる町子に向かって、喜びから落ち着いてきたクチャナが、町子の正面に座った。テーブルの上に置かれたケーキをつつき、クエナの淹れたお茶を飲む。

「町子」

 落ち着いた声で、クチャナが話す。その碧の瞳は、ケーキではなく町子を見据えていた。

「お前は、どんな武器がいい?」

 その問いに、町子は面食らって、フォークに挿していたケーキを取り落とした。

「でも、クチャナさん、私は」

 言いかけると、クチャナは町子のほうに手を出して、それ以上言うな、と言った表情をした。

「町子、皆を守りたいのだろう」

「はい。でも、私には何も力がない。でも、力がないからと言って武器に頼るのは間違いでした。武器があってもそれを扱う力も技術もない私にはどうしようもないんです」

「私はそこを聞きたいんじゃない。町子、お前がみんなを守りたいという気持ちは本当かと言いたいんだ」

 クチャナがそう問うと、町子は急に自分の中で何か熱いものが湧いてくるのを感じた。あの時、自分にもっと力があれば、あの時自分が戦えていれば、そう思うことが沢山あった。どんなに強い人でも時には負けてしまうことがある。あのとき、伯父を一人で戦わせていなかったら、あんなことにはならなかったかもしれない。

「誰かを、皆を守りたい。私の手の届く範囲であれば必ず。私はそう決めてここに来ました。それはみんな同じ気持ちだと思います」

 すると、クチャナは目を閉じて、微笑んだ。そして、再び目を開けると、町子の肩に手を当てた。

「さすがは地球のシリンの姪だな。私はそれが聞きたかった」

 クチャナは、町子の肩から手を放して、立ち上がった。そして、町子のほうに右手を差し出した。町子は急いで立ち上がると、クチャナの手を取ろうとして、躊躇った。

「クチャナさん」

 町子が呟くような声を出すと、クチャナはさわやかな笑みで、町子を迎えてくれた。

「お前の武器を作ろう」

 クチャナのその言葉に、町子は大粒の涙が自分の目から流れるのを感じた。クチャナの差し出した手を握り返すと、彼女はその手をもう一つの手で包み込んでくれた。

 そして、町子をもとの椅子に座らせて、アルパカの毛を織って作ったタオルハンカチを差し出してくれた。

「それで、お前の欲しい武器は決まっているのか?」

 町子は、涙を拭きながら小さく、はい、と返事をした。ハンカチを返すと、クチャナは嬉しそうにそれをしまった。

 町子の求める武器は決まっていた。風の刻印の守護者が作れるのは名のある武器だけだ。伝説になっていればもっといい。そんな武器から町子の理想の武器を探し、さらに教えてもらえるものを絞り込んだ。その結果、一つの結論にたどり着いた。

 町子が昔から憧れていた英雄。その武器。

「三国志、水滸伝に出てくる英雄たちが使い継いできた武器、矛。蛇矛です」

「蛇矛、三国志の張飛と、水滸伝の林冲か」

「はい。ずと、憧れでした。重くて長いので扱えるかわかりませんが」

「いいだろう」

 クチャナは、快諾してくれた。町子の提案は難しいものであったはずだ。三国志の張飛といえば、巨漢だ。それが扱っていた武器なのだから、重く、長くて当然。それが、普通に考えれば一介の女子高生が使えるわけがない。

 クチャナは、町子をよく見た。そして、その体格と筋肉量を見定めた。

「町子、蛇矛の長さは変えられないが、重さなら何とかなる。町子はチアをやっているから基礎体力は問題ないはずだ。槍術は私が教えよう。槍なら、古今東西どの槍でも扱える。セインも同じようなものだから、私がいないときは彼にも教わるといい」

「いいんですか、本当に私の武器を?」

 クチャナは、頷いた。そして、笑ってくれた。

「友情は、これから築いていけばいい。輝やアースがそうしているように、互いを理解して信頼し合うことに、壁はないはずだ。町子、私のよき友になってくれるな?」

 クチャナの言葉に、町子はまた泣いた。何度も、はい、はいと言いながら、ケーキの味も忘れて泣いた。そして、何度もアルパカの気持ちいいハンカチを借りた。

 クチャナは、それを見て静かに笑った。

 外は曇天だったが、暖かい日だった。

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