託されたもの 2
夕食が終わったあと、輝はアースに体術を教わっていた。そこにアーサーが剣を教わりに来たのは、アースがアーサーのもとを訪れた翌日のことだった。
輝はびっくりして事情を聞いたが、二人は何も教えてくれなかった。あの剣のことは、輝にも今は内緒だったからだ。
輝は、基本動作を覚えると、次は対戦形式での練習に移った。実際に、力を加減しているアースと戦うのだ。最初は動きもぎこちなく、緊張のせいかうまく動けなかったが、次第に力もついてきて、体の動きもしなやかになってきた。アーサーは基本が身についているので、いきなりアースと対戦形式での練習となった。そうやって毎日練習を重ねていっている輝とアーサーは、メキメキと実力を上げていった。
「なんだか、輝に置いていかれているなあ」
町子が、夕食後のハーブティーを飲みながら、頬杖をついてため息を漏らした。
「私、まだ覚醒していないし」
すると、一緒にお茶をしていたアイラとセインが、落ち込んでいる町子の肩を叩いた。
「ここまで来たら、覚醒しているかどうかはそう重要なことじゃないな」
セインが、アーサーや輝がトレーニングをしているであろう、輝の部屋を見た。
「でも、守られるだけの女って、そんな時代じゃないし。瞳さんの戦闘能力とか見たら戦慄するものがあるわ」
アイラが、そう言って町子と同じポーズをとった。
「でも、そう焦ったところで覚醒できるわけじゃないし」
「そうですけど」
町子が口を尖らせた。
今の町子は完全に皆の足手まといになってしまっている。強い相手と戦う力もないし、守ってもらってばかりだし、すぐ攫われるし的になるし。いいところなどまるでない。
「町子」
セインが、落ち込んでいる町子の肩を叩いた。優しい瞳をしている。伯父もよくこういう瞳を町子や皆に向けることがあるが、セインのこういった表情は珍しいものだった。
「アイラも、シリンとなる前は普通の人間だった。私がどれだけ守ってやろうとしても強がっていてね。それでも私とともにありたいという気持ちがあったから、アースがシリンとなることを許してくれた。そこで、静かなる自然の環に入ることになったんだよ」
「環の中に入ったんですか! どうやって?」
町子は驚いた。生まれついて存在するのがシリンなのに、途中からシリンになるなど、あり得ないことだったからだ。
「ある剣を使ったんです。静かなる自然の環を切り裂き、その中に入ることができる剣を」
「剣、ですか」
セインが、頷いた。アイラが補足する。
「セインは幼いころに親に先立たれ、孤児だった時に、アーサーが親と定めたローマ人の男性と知り合い、養子になりました。その後、色々あってそのローマ人を助けていくのですが、その途中でセインはアーサーにある剣を託したんです。それは歴史の守護者たる風の刻印の所有者が一つだけ生み出せる武器。クチャナさんはまだ使っていないのですが、セインはすでに使っています。この国がまだ、古代ローマによってブリタニアと呼ばれていた頃に」
「ブリタニア? それってまさか」
「はい、エクスカリバーです」
町子は驚いた。アーサー王伝説に出てくるあの有名な聖剣エクスカリバーが、実はセインの親友であるアーサーのものであったなんて。
しかし、そこで町子は変に自分が冷静であることに気が付いた。エクスカリバーは静かなる自然の環に干渉できる。ということは、シリンの在り方自体を変えてしまえるのではないか。もしかして、そのエクスカリバーを使いこなすことができれば、人工シリンや、もしかしてシリン封じさえどうにかなってしまうのではないだろうか。
「やはり。アイラさん、そのエクスカリバーって、何で出来ているんですか?」
「何で出来ているって、当然鉄」
言いかけて、アイラはハッとした。鉄でできているのなら、あんなに持ち主を選ぶことはないはずだ。アーサーだけに持てて、他の人間には重くて持てない。そんなことがあるとすれば、その剣を構成している金属に何かがあるはずだ。
「いえ、あれは鉄ではない? だったら何なの?」
アイラが悩んでいると、セインは少しシリアスな顔で、町子を見た。そして、ひとつ、ため息をつくと、アーサーや輝がトレーニングしている輝の部屋を見た。
「セインさん?」
それに気が付いた町子が話しかけると、セインは笑ってこう答えた。
「隕石だよ」
「隕石?」
セインは、頷いた。そして、そのきれいな碧の瞳を町子に向けた。
「私たちがいた地方には、今で言う隕石が落ちた跡があった。そんなに大きな隕石ではなかったが、そこに含まれていた未知の金属を抜き出すことは容易だった。その未知なる金属を鉄に加えて作ったのがオリハルコン。かつてアトランティスと言う文明にあったとされる金属だ。しかし何分小さな隕石だった故に、オリハルコンはエクスカリバーを一振りつくるだけで終わってしまった。そのオリハルコンが環に干渉できるとわかったのは、時を超えてアースが来てくれたその時だった。彼は環の外にいるシリン。おそらくあのエクスカリバーに使われている金属が地球外のものであるとすぐに気付いたのだろう」
「じゃあ、もしかして、伯父さんが破壊できなかったシリン封じも?」
「おそらくは、エクスカリバーと同じ、隕石から採取されたものだろう」
町子は、その説明を聞いて、心が軽くなっていくのを感じた。もしかして、自分にも何かできることがあるかもしれない。エクスカリバーだけではない。その隕石に関する何かが分かれば、皆の役に立てるかもしれない。セインはエクスカリバーを作り出していたが、クチャナはまだだという。なにか、町子にも扱えるものを、町子らしいものをクチャナに頼むことはできないだろうか。
そう考えて、町子は、少し元気が出てきたような気がした。
そんな町子の表情を見て、考えを悟ったのか、アイラとセインが顔を見合わせた。そして、町子の背中をそっと押して、こう言った。
「町子、クチャナに武器を頼むのなら、礼を欠いてはいけない。かならず、菓子折りと毛糸用衣料洗剤を土産に持っていくんだぞ」
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