第13話 託されたもの

十三、託されたもの



 九月に新学期をはじめ、上級生になっていた町子たちだったが、日本と慣習が違うため、あまりピンと来ていなかった。しかし、生活を重ねるうちにそれにも慣れてきて、輝と町子たちにも少しずつ自覚が出始めてきた。

 その頃には二つ目の屋敷も完成し、メルヴィンやメリッサをはじめとする住人たちが少しずつ入居をはじめていった。新しく来たアーサーとイクシリアも入居を決めていたが、二人は職業がバラバラなため、一緒にいる時間は短かった。

 そんなアーサーが、部屋に持ち込んだものがある。それは、一振りの大きな剣の入った鞘で、とても重かった。メルヴィンがそれを持とうとして、取り落としそうになっていた。

「アーサーさんは歴史学者、イクシリアさんは学芸員、そう職業に違いがあるとは思えないんですけどね」

 メルヴィンは、床に置いてあるその剣をもう一度持ち上げようとして、途中でやめた。

「これ、どうしてこんなに重いんです?」

 すると、アーサーは笑って、剣をひょいっと持ち上げた。さらに部屋の中でそれを使って見せた。ろうそくを一本立てて、それを切らずに潰さずに、剣の起こす風だけで火を消して見せる。それを見たメルヴィンは、ただ手を叩いて感激するしかなかった。

「どうしてそんなに軽々と? 何かのマジックなんですか?」

 アーサーは、メルヴィンが感激しているのを見て、剣をしまって部屋の隅に立てかけた。

「まあ、一種のマジックかもしれない。これは、私以外の人間には使えない。君が持った時、重かっただろう」

「はい。とてもあんなふうには振り回せませんよ」

「そういう剣なんだ、あれは」

「アーサーさん専用の剣ですか。なんだか、アーサー王の剣みたいですね。あの、伝説の」

 メルヴィンがそう言うと、アーサーは笑った。

「そうだな」

 それだけ言って、アーサーは剣を眺めた。これは確かに特別な剣だ。考古学的にも歴史学的にも、発見されればセンセーショナルなニュースになるだろう。しかし、アーサーはこれを手放す気も、世に出す気もなかった。

 メルヴィンが退室すると、入れ違いにアースが入ってきた。久しぶりに話す相手だ。少し緊張する。

 アースは、アーサーが少年のころからのあこがれだった。強くて、頼りになる。いざというときに何でもできる人。こういうふうになりたいと、ずっと思ってきた。その相手と、今は二人きりだ。

「新しい入居者の所を一軒一軒回れと、フォーラがうるさくてな」

 アースは、苦笑いをして、アーサーを見た。

「すまない。邪魔なら出ていくが」

 そう言うアースを、アーサーは引き留めた。

「いえ、いいんです。いつまでもいてくださって。本当に、このチャンスだけは!」

「チャンス?」

 アースが普通に聞いてきたので、アーサーはさらに戸惑ってしまった。つい口が滑ってしまった。アースと話すのは、自分が強くなるためにどうしたらいいのかを聞く絶好のチャンスだったのだ。それに、今まで憧れていた人間とやっと二人きりになれたのだ。この機会にいろいろと話をしておきたかった。

「アーサー」

 少し焦るアーサーを、部屋のソファーに座らせたのは、アースだった。アーサーがなぜ焦っているのかは分からないが、自分はまだここから出ていってはいけないのだろう、アースはそう思って留まった。

「お茶でも飲むか?」

 アースは、お茶のポットをどこからか取り出した。いつも持ち歩いているのだろうか。今まで持っていなかったと思うのだが。

 アーサーは、とりあえず部屋に置いてあった茶器を取り出して、テーブルの上に置いた。アースがお茶を注いでくれたので、一口飲むと、非常においしい烏龍茶だった。

「あなたは、ずっと私の憧れでした」

 一息ついて、アーサーがそう言うと、アースは笑って答えてくれた。

「俺が、誰かの憧れになれるなんてな」

「大多数の人間があなたに憧れを抱いていると思いますよ。どこに憧れるか、それは別として」

「そうかな」

「はい」

 アーサーは、答えて烏龍茶をもう一度口に含んだ。こんなおいしいお茶は初めてだ。

「あの剣も」

 アーサーは、そう言って部屋の隅にあった剣を見た。

「セインに託されてからまともに振るったことはありません。でも、自然と手になじむんです」

「エクスカリバーか」

アーサーは、頷いた。そして、その剣を鞘ごとこちらに持ってきた。

「本来ならば大英博物館にでも寄贈するべきかもしれません。しかし、いつまで経ってもその気になれない」

「セインとの友情の証だろう」

 アースはそう言うと、アーサーにその剣を返そうとした。しかし、アーサーはそれを止めた。

「振ってみて下さい。地球のシリンであるあなたならできるはず」

「地球のシリン、か」

 アースは、そう言って苦笑し、鞘から剣を抜いた。そして、剣を軽々と持ち上げると、その柄を持ち直して片手で握った。

「持てたとしても、これは俺のものじゃない」

 アースは、少し笑ってアーサーに剣を返した。アーサーは、受け取るとそれを鞘に納めた。

「しかし、私はこの剣の力が今回の事件のカギを握ると踏んでいるんです。だったら、千年間使っていない私が持っているより、剣の使い方にすら長けたあなたが持っていたほうがいい」

「何を言うかと思ったが」

 アースは、そう言って笑った。

「剣の使い方なら俺がいくらでも教えるから、それは持っておいたほうがいい。それに、エクスカリバーの力がシリン封じやゴーレムに有効だということは、こちらでも承知している。そんなことよりこれはお前とセインの友情の証だろう。俺が持っていていいものじゃない。時には、合理的な判断よりも非合理的なことも大事にしたほうがいい」

 アースは、アーサーのほうに向きなおると、剣をしまうように促した。アーサーがおとなしくそうすると、アースは満足そうにお茶を飲み始めた。

「アース、あなたのように強くなれれば、エクスカリバーも使いこなせましょう」

 アーサーは、真剣な顔をアースに向けた。

「トレーニングを、お願いできますか?」

 アースは、頷いた。なんだか嬉しそうだ。

「いくらでも」

 そうやって、アーサーとアースはお茶で約束を交わした。二人がお茶を飲んでいると、イクシリアが返ってきた。彼女はロンドンから帰る途中で何やらおいしそうな菓子を持ってきたので、イクシリアも交えて三人でお茶会が始まった。

 午後の日差しは柔らかく、そして、暖かかった。

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