強さの温度 8
二回目の砲撃の後、ノートパソコンからアラートが鳴ったので、確認すると、要塞の壁に大穴が開いていた。それを確認したサンドラは、町子を弟と研究所長に預けて、廊下を先程の部屋まで戻った。しかし、何か巨大な見えない壁が彼女をかなり後ろまで吹き飛ばし、その先へ進めなくしてしまっていた。何が何だか分からないまま、サンドラは自室に戻っていった。
「館内すべての戦力を総動員して、壊れた個所に向かわせなさい。どうやら私はその場所に行けそうにないようだから、イーゴル、あなたが行きなさい。小娘は私が見ているわ」
すると、イーゴルは何か嬉しそうな顔をして部屋を出ていった。
これは、自分の力を試せるいいチャンスだ。目の前の戦いに心が躍る。部屋を出て廊下を走っていくと、ふと、サンドラが構っていたあの男の部屋が目についた。
「ちょうどいい、俺も少し見ていくか」
そう言って、イーゴルは部下に命じ、そのドアを開けさせた。
一方、サンドラは、町子の腕を強く引っ張って自分の部屋の隅に行き、町子を壁にたたきつけると、猿轡をされてうめき声をあげる町子のそばの壁を拳で叩いた。
「森高、町子って言ったわね、小娘」
サンドラは町子を睨みつけた。すると、睨み返された。なんと気の強い女なのだろう。少しイラっとして、サンドラは目を吊り上げた。
「いい気になるんじゃないわよ。あなたね、彼らを呼んだのは。何の変哲もないただの小娘だと思っていたけど、違うんでしょう。あのボウヤたちが必死に守ろうとしていたあなただもの、彼らを呼ぶくらいの力を持っていても不思議じゃない。見くびっていたわ」
町子は、何も言わなかった。いや、猿轡のせいで何も言えなかった。しかし、町子はそんなことも気にせずに、そっぽを向いて女から目を逸らせた。
女は、それに逆上した。
「いい気になるなって言っているでしょう!」
そう言い、町子の胸ぐらをつかんで壁にたたきつけた。その衝撃で、もともとそんなに強くなかった猿轡が取れ、町子は再び言葉を得た。
「油断したね、オバサン」
町子は、胸ぐらをつかまれながらもそう吐き捨てた。
「伯父さんはどこ? 返してもらうからね」
腕が後ろに回っている。なのに、町子は気丈にもそう言ってサンドラの手を振り払った。地面に降りると、入り口に向かって走ってゆく。部屋にはロックがかかっている、そんなことは百も承知だった。サンドラとラヴロフが走って追ってくる。町子は必死に逃げた。そして、ドアの前に着くと、追ってくるサンドラとラヴロフを待った。
「もう逃げられないわよ、小娘め」
そう言って近づいてくるサンドラは、町子がおとなしく待っていることに少し警戒した。何か策でもあるのだろうか。恐る恐る近づくと、町子は、その足を大きく振り上げ、スカートの中のパンツが見えるのを覚悟して、サンドラの首の後ろを勢いよく蹴った。それがクリーンヒットすると、次は、すごいスピードでこちらにやってくるラヴロフのみぞおちにキックを入れた。すると、二人とも気を失ってそこに倒れてしまった。
町子は、ラヴロフが持っていたカギをポケットから取り出し、自分を戒めていた両手首のリングを外した。そして、気を失っているサンドラの指を使って指紋認証でドアを開けた。ドアの前には誰もいなかった。見張りを置く必要がなかったからだ。
町子は、外に出ると、まっすぐ左に走っていった。迷路のように入り組んだ要塞の中を、まるで地図でも見ながら進むように、走っていった。
一方、アースの閉じ込められている部屋に入っていったイーゴルは、壁に寄り掛かったまま静かにたたずんでいるアースを見て、ニヤニヤしながらそちらに寄っていった。そして、姉と同じように首にかかっているリングから延びる鎖を掴むと、強く引っ張った。
すると、アースは一言うめき声をあげたが、歯を食いしばって何かに耐えていた。
「痛いだろう。体じゅうが、痛いはずだ」
そう言って、またニヤニヤした。
「このリングはもっとも脳に近いリング。引っ張って力を加えることで刺激が脳幹から脳全体に広がって、全身の痛覚を刺激する。姉さんはそう言っていたぜ。バカの俺にもそれくらいは理解できる」
そう言いながら、アースの顔を両手で包んだ。
「いい顔だ。こういう苦しんだ顔ってのは、何よりの楽しみなんだよ。特に、あんたみたいな美形はなあ、悶えるぜ」
ああ、あの時あの女の口づけを拒否できなかったのは、そのせいなのか。アースはそう思いながらも、全身の痛みに今は耐えるしかなかった。アースは、薄く目を開けて、目の前にいる男の顔を見た。いやらしい顔をしている。
男の手が自分の胸に触れるのを感じた。冷たい手だ。その感触が腹へと移っていく。嫌な予感がした。ひどく気持ちが悪い。危機感を覚え、アースは、足を動かした。足もやはり重い。だが、気力を振り絞って動かし、自分の目の前にいる男を、思い切り、蹴飛ばした。
イーゴルは、蹴飛ばされて床に転び、尻もちをついた。
あのシリンは、抵抗をした。
イーゴルのやっていることに、抵抗してきた。それが、イーゴルに火をつけた。
「やってくれるじゃないか。こういうのを待っていたんだよ」
そう言いながら、イーゴルは立ち上がった。不敵な笑みを浮かべている。目の前にいるシリンは満身創痍だった。もう、抵抗はできないだろう。だが、目の前にいるシリンの青い瞳は自分をにらみつけている。身体はもうぼろぼろのはずだ。なのにどうして、こうも自分たちに逆らうのだろう。それが面白くて仕方がなかった。
「いいだろう、俺の本当の恐ろしさを、教えてやる」
イーゴルは、そう言って、目の前にいるシリンに向かっていった。
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