第10話 死を呼ぶ指輪

十、死を呼ぶ指輪



 そこはひどく広い部屋で、隅から隅までがすべて強化ガラスで作られていた。天井から床、壁からドアまですべてがガラスで、周りから見ればひどく冷たい印象を受けた。

 その部屋の隅に仕事用の机を置き、金の長い髪を後ろで束ねた女性が座って考え事をしていた。彼女の名はサンドラ。極寒の地で育った才女だった。

 彼女には双子の弟がいた。弟も同じ組織にいて、同じような役割を担っていた。

 二人の仕事は、地球因果律を操ることができる、事実上最強のシリンを作ることだった。それは二人に課せられた、最大で最高の名誉ある仕事だった。

 その調査のために何人かのシリンを攫ってきたが、全て奪還されてしまった。失敗続きのサンドラは今、非常にいらだっていた。

 そんな彼女のもとへ、突然弟が現れた。

 彼は、ノックもなしに、指紋認証でドアを開けてズカズカと部屋に入ってきた。

「姉さん」

 弟のその行動に、少しイライラしながら、サンドラは無機質な声で一言、何? と、聞き返した。すると、弟はそんなことは気ににせずに姉の机に手を置いた。

「姉さん、カルメーロを殺したんだって?」

 その質問に、サンドラは何も答えなかった。弟を無視して仕事を続ける。

 弟はそのことすら気にせずに続けた。

「あれは美人をたくさん抱えていた。今回攫ったのもかなりの美人だったって話じゃないか。俺を呼んでくれたら逃がしはしなかったのに」

 すると、サンドラはようやく口を開いた。ため息を一つついて、弟を一瞥する。

「あなたが何の役に立って? どうせ美人のシリンをカルメーロから横取りして独占したいだけでしょう。それにあなたは危険だわ。女だけでなく男にも美形とあれば見境がない」

「そりゃあね」

 そう言って、弟は自分の爪を見た。きれいな爪だ。何の苦労も知らない、エナメルのような爪だった。

「きれいなものに性別は関係ないよ。僕のものにするだけだ。だから今回は残念だったよ。妖精もいたっていうじゃないか」

「小さいものにまで手を出すのね、本当に見境がない。吐き気がするわ」

 サンドラがそう言うと、弟はついにサンドラのほうへ乗り出し、机に置いてある書類の上に手を置いた。

「何をするの、イーゴル」

 少しいらだった声を上げるサンドラに、弟は詰め寄っていった。

「姉さんもいい男には目がないんだろう? どうだ、二人で一人、いい男を見つけてきてここに連れてこないか? 悪いようにはしない。シリンの中になら必ずいるはずだ。今度は僕も手伝うからさ」

 すると、サンドラは二度目のため息をついて、弟の手を振り払った。

「あの事件があってからというもの、シリンたちの警戒は普段より何十倍も増しているのよ。そう簡単にはいかないわ。それに、まだリングが完成していない」

「シリン封じかい?」

「ええ、そうよ」

 サンドラはそう言って、机の中から一つのリングを取り出した。カルメーロの使っていたものよりさらに一回り大きかった。

「この間発見された隕石から採取した謎の金属で作り上げた新作よ。カルメーロに渡したものよりはるかに効果はあるはず。これで分かったでしょう。これを強化できなければシリンは捕らえられない。捕えてもカルメーロの時みたいにすぐに逃げられてしまうのよ」

「今すぐ強化できないの?」

 サンドラは、三度目のため息をついた。この弟は頭が悪い。サンドラの言ったことをそのまま受け取るだけで、中に含まれたことを察することができないのだ。

「今すぐ強化出来ていたら、私もとっくに動いているわ。強化実験は研究所長にお願いしてあるから、そちらで聞きなさい」

「ラヴロフのやつかよ、あいつ苦手なんだよなあ」

 弟は、姉の机から離れると、背伸びをして、首をぐるぐると回した。

「わかったよ、姉さん。とりあえず研究所に行ってそのリングをもらってくる。そいつを実際のシリンで試せばいいんだろ? 弱点が見つかったら姉さんに報告するよ」

「そんなこと、できるのかしら?」

 サンドラは自嘲するように笑った。この弟のことは嫌いではない。しかし、頭がいいとは言えなかった。それが、常に自分たちの一枚上を行くシリンたちを相手にできるものだろうか。

 サンドラの笑いに、弟は気分を害したのか、口をすぼめた。

「やってみなければわからないだろ」

 そう言うと、小ばかにされたと思い、そのまま部屋を後にした。サンドラは、そんな弟の姿を見送ると、四度目のため息をついた。

「やってみるといいわ、彼らがどれだけ手ごわいかを知るためにもね」

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