滑空する夢 10
本当に輝を残してきてよかったのか。
誰もが、不安に駆られながら建物の外に出た。すでにルフィナを保護してから小一時間は経つ。輝を失えばこの世界は大きな損害を受ける。シリンとは違って、見るものと戻す者は二度とは生まれてこないのだから。
この世界の理を宿し、整える者、それが地球のシリンだとしたら、見るものはこの世界の真実を暴くもの。そして、戻す者は、あるべき姿へ戻す者だ。それを、世界の理のもとで行う。どちらも欠けてはならないものだった。
そういえば、輝だけではない。アースやナギ、マルスたちも戻ってきてはいなかった。彼ら別班はいったい何をしているのだろう。
「輝くん、無事でいてください」
ルフィナが、祈るように手を組んで涙を流した。その肩を抱き寄せて、マルコが言う。
「輝くんなら大丈夫。ルフィナ、僕たちがこんなんじゃだめだ。町子さんはもっとつらい」
マルコの言葉に、ルフィナは少しであるが、頷いて応えた。その様子を見ていたミシェル先生が、フォーラの肩を叩いた。
「別班に任せるしかありませんね。とりあえず、二人を英国で保護しましょう。ドロシーと連絡は取れますか、フォーラ?」
すると、フォーラは大丈夫と言って、腕時計型の小型通信機を起動させた。すると、通信に出たのは、ドロシーではなく、皆のあまり知らない男の子だった。その男の子の声を聞いて、ミシェル先生がフォーラの腕時計に近づいてきて、その男の子の名を呼んだ。
「メルヴィン!」
それは、輝の同級生で、同じサッカーを愛する少年だった。
「なぜ、あなたがそこにいるのです?」
ミシェル先生が少し焦った声を出すと、メルヴィンはしっかりした受け答えをしてきた。
「久しぶりに輝に会いに来たら、ここに見慣れない人たちがいて、全てを聞きました。ミシェル先生が大天使ミカエル様のシリンだってことも。もし、ルフィナさんたちをこちらにお迎えするのなら、僕をそちらに連れて行ってください。僕は、輝に言いたいことがたくさんあるんです」
「メルヴィン、そういうことでしたか。しかし今輝は」
言いかけて、ミシェル先生は言葉を呑んだ。言っていいものか分からない。これはメルヴィンを不安にさせるだけではないのか。そう思えて仕方なかった。
「先生、メルヴィン君がここに来るなら、いずれ分かることだわ。言ってしまったほうがいいんじゃなくて?」
そう言ってミシェル先生の肩を叩いたのは、アイリーンだった。
「悪魔に諭されるなど、私も鈍ったものですね。分かりました。メルヴィン、こちらに来るのを許しましょう」
そのミシェル先生の一言で、話はまとまった。ルフィナとマルコを英国に滞在しているバルトロのもとへ送る代わりに、メルヴィンがこちらへ来る。
そして、メルヴィンはその時に、メンバーの口から輝のことを聞くことになるのだ。
この提案に、ドロシーは同意した。
「まあ、町子と輝は事実上私がくっつけたようなものだし」
そう、得意げになっているドロシーの頭を、なつが小突いた。
「あなたがややこしくしたんだから、無事帰ってきたらちゃんと謝るのよ」
「はあい」
そう言って、ドロシーはちょっとだけ舌を出した。そして、次の瞬間には真剣な顔になって、両手の、指先と指先を絡ませて意識を三人に集中した。
「三人とも、目を閉じて」
ドロシーがそういうと、ルフィナとマルコ、そしてメルヴィンの三人は、かたく目を閉じた。そして、アースの転移の時のように、何事もないまま入れ替わっていった。
時刻は英国の時間で深夜三時を回っていた。
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