滑空する夢 5

 しばらくして、ほとんどの人間が何かしらの敵に遭遇すると、すぐに戦闘が始まった。その中で、ルフィナの情報を得た者は誰もいなかったが、一か所だけ、どこかへ通じる通路が開いたと報告があった。建物の陰の岩場に隠れていた輝たちは、急いでその場所へ向かった。戦っていたのは、クローディアとカリムだった。

「輝、来たか」

 カリムが、数人の男たちを相手に苦戦しているクローディアをフォローしていた。今までいがみ合っていた二人が共闘している姿は、輝や町子にとって新鮮なものだった。

「それでカリム、道はどこに?」

 クチャナが尋ねると、カリムはこう答えた。

「クローディアの向こうだ。あいつら、お前らに連絡を取った後にやってきやがった。ちょっと待ってろ」

 カリムは、輝たちに手を振って少し下がっていろと合図をした。すると、三人の男に覆いかぶさられているクローディアに何かを耳打ちした。すると、クローディアは頷いて、目を閉じた。

「我が脳よ、わが心よ、わが心臓よ、それらすべてを汝、怒りに捧げよう。怒りの業火よ、わが肉体を炎で焼き尽くすがいい!」

 クローディアはそう叫んで、地面に手をついた。すると、クローディアにかぶさっている三人の男たちの間から黒い煙のようなものが湧いてきた。みると、彼女の体が少しずつ変化して大きくなってきた。そしてそれは異形のものへと変化し、ついに、天井まで届くような、大きな悪魔へと変化を遂げた。

「あれが、サタン」

 町子が感嘆の声を上げて震えると、カリムは頷いて応えた。

「クローディアも、本当ならこんな姿、お前らには見せたくなかっただろうな。俺も同じさ。だから」

 サタンの姿に怯える男たちが腰を抜かしていると、カリムは、輝たちの背中を押して、先にある通路へと導いてくれた。

「行け! 俺たちがこれだけ恥をかいているんだ。失敗したら許さないからな!」

 輝と町子は頷いて、互いに目を見合わせた。

 大丈夫。ルフィナはどこかに必ずいるし、戦闘に陥ったメンバーもちゃんとやってくれている。皆を信じよう。

 そう決めて、輝と町子は、フォーラやクチャナ達とともに、通路を走っていった。

 すると、突然、フォーラが足を止めた。そして同時に、皆の足も止めた。

「何か、来るわ」

 フォーラがそれを言い終わるか終わらないか、その時だった。

 天井が崩れ、何か巨大なものが目の前に落ちてきて道をふさいだ。

 フォーラが皆を止めていなければ、潰されているところだった。

 巨大なものが落ちてきた場所は大きくつぶれ、砂埃があたりに立ち込めた。視界が奪われる。しばらく何も見えなくて困っていると、さらに困ったことが起きた。

 落ちてきたのは鉄球だった。その下から出てきた長い手が、町子の両手首を掴んで、近くの壁に体ごと叩きつけたのだ。

「キャハハハ! ざまあねえな、小娘!」

 砂埃の中から現れたのは、人間だった。しかも小男だ。なのに腕だけが異常に伸びている。

 町子は、壁にたたきつけられて気を失ってしまった。

「町子!」

 輝が叫んで、町子を助けようと走り寄ろうとした。

 その時、アイリーンとクチャナが前に出てきて、輝を止めた。

「何するんです! このままでは町子が!」

 すると、二人は笑ってこう言った。

「心配するな輝。ここは彼らに任せよう」

「私たちは、町子を回収できればそれでいいわ」

「町子を回収って?」

 輝が言い終わらないうちに、小男が悲鳴を上げて町子から手をひっこめた。小男の手のひらと腕には合計四発の弾丸の傷があった。

「そこまでだ、文字通り手をひっこめてもらおうか、改造人間」

 上から声がした。輝が上を見上げると、そこにはシリウスがいた。彼は二階から下へ飛び降りると、すでに町子を抱いて待機していたカリーヌとともに輝のもとへ歩み寄った。

「月の箱舟」

 町子に目ざめの祈りをかけながら、カリーヌが小さな声で言った。

「人間の改造までしているとはね。しかも完成度はかなり高いわ」

 その言葉に、フォーラが頷いた。町子が目を覚まし、カリーヌに礼を言うと、輝の差し伸べた手を取って立ち上がった。

「月の箱舟、改造人間、嫌な予感がするわ。ここはシリウスとカリーヌに任せて、先を急ぎましょう」

 輝と町子は、頷いた。クチャナとアイリーンもフォーラの意見に同意し、先を急いだ。

 二階まではシリウスたちが攻略している。あとはその上の階だ。残る攻略組は少ない。嫌でも戦闘に巻き込まれるかもしれない。それを覚悟のうえで行かなければならなかった。

 しばらく、何もない廊下を進み、輝たちは大きいホールのような場所に出た。そこは天井が高く、ドーム状になっていて、嫌でも靴音や話し声が反響してくる。

 そんな場所に、彼はいた。

 いや、正確には、倒れていた。

 遠目が効くクチャナが真っ先に走っていき、彼を抱き起した。そして、皆にも聞こえる声で、こう言った。

「アントニオだ! 気を失っている!」

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