第一章 現代から戦国へ
第一話 夢で見た事を考える
「かんぱーい!!!」
グラスとグラスを重ねる音が周囲に響き渡り、私たちはジュースを飲み始める。
その後、レストランのウェイトレスが運んできた料理を口に運び始める。私―――――――三木狭子は、大学入試の合格発表が終わり、友人と共にお祝いをしていた。
「皆、無事に合格できて良かったよね!」
「今ってすごい就職難らしいじゃない?だから、ちゃんと勉強しなきゃーとか考えている子もいるみたいよね!!」
「あー…今はとにかく、残り少ない高校生活を楽しまなきゃ!!」
友人たちが話す中、一人の女子が私に声をかける。
「狭子!あんたは大学入学したら…歴史の勉強三昧?」
「そうね!!」
友人の何気ない問いかけに対し、元気な口調で答える。
「あたしはね…大学の歴史学科でいろんな歴史学ぶだけではなく、
「へぇぇ、すごいねー!」
「あんた、幕末と戦国時代が一番好きなんだっけ?」
「あはは!うん…まぁ、そんなかんじ」
“戦国時代”という言葉に私は反応する。
最近、よく見る夢がかなりシビアな物だから…変に反応しちゃっているのかな?
狭子は友人達と楽しむ中、ふとそんな事を考えていた。
ここ最近、私はちょっと不思議な夢を見続けていた。それにはいくつか種類はあったものの、周囲が戦国時代のような背景。登場人物も着物をまとっている。聞こえてくる台詞から、滝沢馬琴が原作者である『南総里見八犬伝』のワンシーンを夢で見ているようであった。
歴史――――――特に日本史の好きな私は、政治等はもちろん、文化史等の興味も強い。そのため、『里見八犬伝』についても、おおよそのあらすじと登場人物は知っていた。
「でも、なんで…」
帰宅途中、夜道を歩きながら私はポツリと呟く。
なんで、“
自分が知る“浜路”は、「八犬伝」においてヒロイン的な役割を持つ女性。原作をモチーフとした映画やドラマでも、ヒロインとして登場する場合が多い。
「…まぁ、いいか!それより…」
私は夢の事が気になりつつも、卒業式を迎えるまでの数か月をどう過ごそうかについて考えながら帰宅したのであった。
そして、その日の晩―――――――――私はいつもと違う夢を見る。そこの舞台は、木々が生い茂る山の中。遠くの方では水が流れる音が響き、空は青々としている。
そんな場所に…一組の男女が、一人の女性と対峙していた。
一人の女性は、浅葱色の打掛を身にまとい、お姫様のような風貌をしていた。しかし、その胸にはなんと、矢が突き刺さっている。そして、その側にいる侍の恰好をした男性は嘆いていた。どうやら、彼の撃った矢が浅葱色の打掛を着た女性に誤って当たってしまったようだ。
「自ら愛する者を討つとはな…。なんとも愚かな男よ…!!」
その近くで、高らかに笑う女がいた。
矢が突き刺さっている女性とは対照的ともいえる、赤や今様などの血のように紅い色彩や、襷花菱の文様が入り混じった、豪華絢爛な打掛を身にまとっている。
「人は
その
あれ…?あの数珠…
一組の男女の側に転がっている数珠が、私の視界に入ってくる。ただし、この光景自体がまるで空から眺めているようなかんじだったため、はっきりとよくは見えなかった。
誤って刺さった矢…白い数珠…。もしかして、また…?
狭子がまた里見八犬伝の夢かと思い始めた直後―――――――――――――
「…どうやら、良い退屈しのぎになりそうだな」
どこからか、見知らぬ声が聞こえる。
「え…!!?」
私は、周囲を見渡す。
しかし、あそこにいる3人の男女の誰にも当てはまらない声をしていた。
あれ・・・?
目を凝らしてよく見てみると、そこには、彼ら以外の人影が一つある。その後姿を狭子は不思議に感じた。TVドラマのワンシーンを映しているように、上空からの視界が徐々に近づく。ついには、その人影と同じ目線くらいまでに視線が移動していた。
白髪に、変わった柄の着物・・・。外国の人とかかな・・・?
私がそう思ったのとほぼ同時に、人影は自分の方に振り向こうとする。その直後、夢は終わってしまった―――――――
昨晩の夢…あれって、何だったのかな…?
翌日、放課後になってから私は学校の図書室にいた。
「八犬伝…っと。あった!」
図書室の棚から『南総里見八犬伝』について書かれた本を探し出す。
そして、物語の冒頭にある伏姫のシーンをパラパラと読む。
私の記憶が正しければ、昨夜の夢はこの“伏姫が自害し、「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」の字が刻まれた8つの玉が離散する”前後当たりよね…
考え事をしながら、狭子は立ち上がり貸出受付に向かう。
「あれ…?」
図書室の教師に本を手渡した時、見慣れた人物の名前が貸し出しカードに記載されている事に気が付く。
「先生!あいつ…染谷君、昨日来ていたのですか?」
私は、本の貸し出しカードに書かれた人物の名前を指さしながら言う。
「…ええ。ちょうど、今ぐらいの時間にこれを返しに来たけど…?」
「そうですか…」
八犬伝の本を受け取った後、ゆっくりと校舎を出ようと歩き始める。
彼―――――
しかし、彼はこの高校の定時制に通っている生徒なので、昼間に来るという事は滅多にないはずだ。
「しかも、あいつが
歴史好きの狭子に比べれば、彼がこのような伝奇ものを読むのはありえないくらい、染谷という少年は歴史が嫌いらしい。
どういう風の吹き回しだろうと考えながら私は進み、廊下の階段を降り始めた時だった。
『助けて…』
「…っ…!!?」
頭の中に、女性の声が響いてくる。
それと同時に、クラッと軽い眩暈を感じる。
「これ…は…!?」
その後、私の頭には頭痛と共に、いろんな風景が走馬灯のように駆け巡る。
見知らぬ山や川。そして、語り合う人々や、地面に飛び散る血痕。見覚えのない風景ばかりだ。
「何…?なん…なの…!?」
私は頭を抱え始めたため、持っていた鞄を地面に落としてしまう。
『彼らを…導いてあげて…。お願い…!!』
頭の中に響く声は、狭子に語るような口調で話す。
「あなたは誰…?どうして、私…に…!!?」
苦し紛れに声を張り上げるが、彼女の周囲には誰もいないため、返事をする者はいない。
強烈な頭痛のため、頭を抱えながら狭子の足元がふらつく。
「…っ…!!?」
狭子の右足首の骨の音が少し鳴ったかと思うと、そのまま体勢が崩れ始める。
落ち…る!!?
バランスを崩して足を踏み外した事に気が付くが、時既に遅く…頭から地面に落ちていく。
階段から転げ落ちて頭をぶつけたのと同時に、私の視界は真っ暗になっていくのであった――――――
「ん…」
私は重たくなった瞼をゆっくりと開き始める。
その後、少しの間ボンヤリしていたが、周囲の様子が違う事に気が付く。
「ここ…」
自分の視界には、木の葉っぱや枝が見える。
それは、まるで木陰にいるような感覚であった。
「お!目を覚ましたみたいだな!」
「…?」
狭子はゆっくりと身を起こすと…そこには、見知らぬ青年がいた。
「ここは…どこ…?」
私は、起きたばかりのような眼で、その青年の方を見る。
「ここは、円塚山。君は、道端で倒れていたのだ。…覚えているか?」
「…痛っ!」
茫然としていた狭子の頭に、針を突き刺されたような痛みが走る。
そうか…。私、学校の階段から転げ落ちて…
その痛みによって、自分が頭を打って気絶していた事に気が付く。
すると、目の前にいる青年は、不思議そうな
「見慣れぬ恰好をしているが…異国の人間か…?」
青年の言葉に、やっと我に返る。
「そういうあんたこそ…時代劇のコスプレ?」
「コス…プレ…?なんだ、それは?」
狭子の台詞に、ますます首をかしげる青年。
しかし、考えるのを諦めたのか、その場で立ち上がる。
「…兎に角、大事に至らなくってよかった。では、これにて…」
「ちょ…ちょっと!!!」
その場を立ち去ろうとした青年を、反射的に引き止める。
そして、振り向いた時にようやく、この青年の顔をしっかりと見たのであった。
少し伸びた髪を軽く一つ結びにしていた青年は、浅葱色の小袖の上に、白い木綿でできた大紋を羽織っていた。
「私、頭をぶつけたせいか、いろいろと混乱していて…」
狭子は、なぜこんな山の中にいて、行き倒れていたのか…状況が全く掴めず、混乱に陥る。
階段から落ちたはずなのに、こんな場所にいるなんて…。まるで、タイムスリップしたみたいな…
俯いて考え事をしていると、自分の考えに何か思い当ったように顔をあげる。
「ねぇ…!!」
「なっ…!?」
呼び止めるのと同時に、私は彼の大紋の裾を掴んでいた。
その当たり前の行為に、青年は目を丸くして驚く。私は一呼吸をついてから、ゆっくりと口を開く。
「あの…さ。変な事を訊くようだけど…。
そう口にしながら、青年の方を見上げる。
顔が近かったせいか、頬を少し赤らめながら青年は口を開く。
「文明10年(=1478年)だが…?」
「なっ…!!?」
その台詞を聞いた私は、表情を一変させる。
歴史好きとはいえ、数ある日本史の年号を全て覚える事は難しい。しかし、今聞いた年号は、
明らかに
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