菊次郎か菊太郎の冬。


以前に水族館へ行った時の事です。


その日は春先でしたが、小雨が時々降ったりしてやけに寒い日だったのを覚えています。


その水族館では飼育員さんの案内でバックヤードの中に入って、間近で水棲生物を観察しながら、その生物の生態についての説明を飼育員さんにしてもらえるという素敵な企画がありました。


普段からそういうイベント事が大好きすぎるむむ達は、さっそく参加することに。


その時のバックヤードツアーはアザラシだったので、飼育員さんに連れられたむむ達は普段絶対に入れないような通路を通って、アザラシの飼育されている場所へとやってきました。


アザラシさん達はみんな池の中で顔だけを出してプカプカしながら、こちらを見ています。


しかもこの場所ではアザラシさんとペンギンさんを同じ空間で飼育しているようで、後ろの岩影からは数匹のペンギンさんが顔を覗かせていました。


可愛い~!!


むむは間近に見るペンギンさん達にも大興奮!!


そんな中、ついに飼育員さんによるアザラシの生態についての説明が始まりました。


動物豆知識とかが大好きなむむは、真剣に飼育員さんの話に聞き入っていました。


…が、突如として左のふくらはぎ部分に痛みが生じたむむ。


ふと見ると、先程まで岩影にいたはずのペンギンのうちの1羽が、クチバシで思いっきりむむのふくらはぎを噛んでいるではありませんか。


「…すみません…なんか後ろのペンギンが足を噛んでくるんですが…。」


思わずアザラシの生態について説明中の飼育員さんに向かって、手をあげながら報告をするむむ。


もちろん他のお客さん達も、一斉にむむの事を見ています。


「…あ!その子は菊次郎と言って、最近卵が産まれたばかりで少し気が立っているんですよ!コラ!菊次郎!ダメでしょ~!お家に帰りなさい。」


そう言って、飼育員さんは菊次郎を後ろから軽く追いかけるような素振りをしながら、巣穴に戻るよう促して、またアザラシについての説明をはじめました。


…が、しばらくするとまたもや左足の裏に鋭く生じる疼痛が…


そうです。


また例の菊次郎です。


菊次郎は飼育員さんに促されて巣穴に戻されたにも関わらず、またもやわざわざむむの元へとやって来て、むむの左足をガジガジと噛んでいたのです。


…こうなればやることは一つ。


むむは再び飼育員さんに向かって手をあげて、言いました。


「…すみません…また菊次郎が…。」


すると飼育員さんはアザラシの生態についての説明を一旦中止して再びこう言いました。


「菊次郎は、卵をものすごい大切にしているので、多分卵を取られると思ってるんじゃないですかね~」


そう言って飼育員さんはアザラシの説明に戻ってしまいました。


…いやいや!

むむ、菊次郎の卵になんて興味ないし!


そう思ったむむは、足元にいる菊次郎の事を睨みつけましたが、当の菊次郎は両方のフリッパーを高く掲げながら、クチバシを大きく開けて負けじとむむを威嚇してきます。


…もうこうなったら、菊次郎の事なんて無視してアザラシの説明をがっつり聞いてやる!!


こうして菊次郎の攻撃に耐え続け、見事に残り数分間の飼育員さんのお話を聞き終えたむむは、一緒に行っていた友達に思わず愚痴りました。


「…マジ菊次郎ムカつくんだけど!何でアイツむむの足だけ噛むんだろ?他の人の足も噛めばいいのに!!」


するとそれを聞いたむむの友達は、むむの全身をナメ回すように見ながらこう言いました。


「…だって、むむの今日の服の色合い、ペンギンみたいなんだもん。」


…と。


友達のその言葉に、思わず自分の服を改めて見直すむむ。


むむのその日の服装は、一部だけ白いワンピースに真っ黒なコートを羽織った、まさしくペンギンカラーなモノトーンコーデでした。


そんな自分の姿に、


…こりゃあペンギンに間違えられても仕方がないやと思った、むむ山むむすけでしたとさ。


…でも菊次郎の事は、マジで許さん!!

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