超能忍者兄妹 ハグロ
ななくさ ゆう
その壱 当主を受け継いだ日(前編)
「分かった?
6月12日。12歳の誕生日の前日。
昼休みに学校の職員室で、僕は担任の中澤先生にお説教されていた。
ちなみに、小学校六年生にもなって、苗字の『
「ごめんなさい、先生」
僕は仕方なくそう謝った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「円空ってば、何を叱られていたのかしら?」
放課後、家への帰る途中にそう訪ねてきた少女の名前は
「作文。まじめに書けって言われた」
「あらあら。一体どんな作文を書いたのよ?」
言われ、僕は光感に作文を突きつけた。どうせ隠しても本気で調べられればバレるし。
「なになに?
『僕のお父さんはとてもきびしい人です』
……って、この1行だけぇ? そりゃあ怒られるでしょ。幼稚園児でももう少しまともなこと書くわよ」
呆れた顔でいう光感。
「だって、『僕のお父さん』なんていうタイトルで何を書けっていうのさ。まさか、父さんの本当の仕事を書くわけにもいかないし」
ちなみに今回の作文の宿題、男子は『僕のお父さん』、女子は『私のお母さん』というタイトルで書くことになっていた。なんで男子はお父さんで、女子はお母さんなんだろう。
これって、男女差別じゃない?
「だからって、これはないわよ」
「じゃあ、光感はどんな作文書いたのさ」
「見せない」
「ああ、ズルいぞ、僕のは見たくせに」
「だって、円空が勝手に見せたんじゃない」
「……そ、それはそうだけど、だって、お前が本気で調べたらバレるわけだし……」
そう、光感に隠し事はできない。
「あら、失礼な。円空の作文ごときに能力なんて使わないわよ」
「おい、声がでかいぞ」
「誰も聞いていないし、聞いていたとしてもなんのことかわからないわよ」
僕ら2人には生まれつき『能力』がある。わかりやすく言うと『超能力』だ。
光感の能力は『テレパシー』と『探知』。
『テレパシー』とは声に出さずに誰かの頭のなかに言葉を伝えたり、あるいは受け取ったりできる能力。
『探知』は物や人や動物に触ることで、瞬時にその『記憶』を読み取ることができる能力。
物に記憶なんてあるわけないって思うけど、『探知能力者』にとっては当たり前のことらしい。要するに、その物に染み付いた記録みたいなものだと昔説明を受けた。
そういうわけで光感に嘘をついたり、ごまかしたりはできない。
え? 僕の能力? それは光感とは全く別のものだ。それについては後々紹介していこうと思う。
ともかく、羽黒家は代々超能力者の家系だ。そして、それと同時にもう1つ秘密がある。
「大体、円空って作文とか苦手よねぇ」
「だってしょうがないだろ。嘘を書くのも気が引けるしさ」
そう、父さんの仕事のことなんて絶対に書けない。
父さんの仕事、それは『忍者』。他人の家に忍び込み、情報を探ったり物を盗んだりする。
そして、僕と光感もその仕事を受け継ぐことが宿命付けられている。
それは明日。僕らが12歳の誕生日のことだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
みんなは一般的に誕生日っていうと、どんなことを思い浮かべるのかな?
きっと、ごちそうやケーキを食べたりプレゼントを貰たりして、ちょっとした家族パーティをするっていうのを思いうかべる人が多いと思う。
僕と光感の誕生日も、一昨年まではそうだった。
それが変わったのが去年の誕生日。
江戸の昔から、羽黒家では12歳で親の仕事を引き継ぐことになっている。
去年は11歳の誕生日で、これから1年本格的な修行を開始すると宣言された。
それまでだって、色々な訓練は受けていたけど、去年の誕生日から1年間は実地訓練も行うようになった。つまり、実際に僕達も父さんや母さん共に『忍者』の仕事を手伝うことになったのだ。
そして、今年の誕生日。僕達はついに父さんから仕事を完全に引き継ぐことになる。父さんと母さんは引退し、僕達だけで仕事に向かうことになるのだ。
「円空、光感。まずは誕生日おめでとう」
羽黒の家は、江戸時代からの伝統を受け継いでいるだけあって立派なお屋敷だ。
その大広間の畳の上に正座して、僕と光感は羽黒
父さんの横には羽黒
『ありがとうございます』
僕と光感は同時に答えた。
父さんは父親であると同時に、僕達の師匠だ。だから、敬語で話さなければならない。
そうでないと誇張ではなくげんこつが飛んでくる。
「ふむ。わかっていると思うが、お前たちは今日で12歳。私は引退し円空に家督を譲ることになる。もちろん、仕事もこれからはお前たちだけでこなしてもらう」
『はい』
拒否することは許されない。これは羽黒家に生まれたものの宿命なのだから。
「よし、いいだろう。
我が羽黒家は代々『正義の忍者』を生業にしてきた。世の中には悪行を働くものがいる。もちろん、それを取り締まるのは警察の仕事だ。だが、悪賢い悪人どもは悪事の証拠を巧妙に隠し、のさばっている。
江戸の昔から奉行所、つまり今の警察によって依頼され、様々な悪事の証拠を『盗み出す』それが我が羽黒家の仕事だ」
それは物心つくよりも前から言い聞かされていることだ。
父さんは続けた。
「超能力とは異端の能力。その力を持って生まれた我々羽黒家の人間は、その力を社会のために役立たせることによってのみ生きられる。わかるな?」
『はい』
「我々超能力者は10歳から20歳までが能力のピークだ。それ以降は衰えていく。この私ですら、もうじき40を迎えようとし、能力の衰えを感じざるをおえない。
お前たちは現在の常識で言えばまだ幼い子どもだが、羽黒家の超能力者として生まれた以上、これからは1人前の活躍をしてもらう」
『はい』
さっきから、僕と光感は『はい』しか言っていないが、他に言うべき言葉がない。
「さて、ではお前たち2人に訪ねよう。
物を盗むのは良いことか、それとも悪いことか?」
「え、それは……」
その質問に、僕は口ごもった。世間一般の常識では、それは『悪いこと』だろう。
だけど、父さんは『正義の忍者』で、僕達はこれからその仕事を引き継ぐわけで。
父さんは一体どんな回答を望んでいるんだろう?
父さんの質問に間違えた答えを返すわけにはいかない。だけど、なんと答えたらいいのかわからない。
「悪いことです」
僕が何も言えないでいる横で、光感があっさり答えた。
僕は慌てた。その答えは父さんを、そして羽黒家を否定するものじゃないのか?
父さんは羽黒家の仕事に誇りを持っている。
案の定、父さんは厳しい顔を浮かべた。
「光感、我々羽黒のものは代々『忍者』を生業にしてきた。それをわかっていてそう答えるのか?」
「もちろんです。物を盗むのは悪です」
「では羽黒家も悪か?」
「はい。そして、悪だからこそ、我々は人々を助けられるのです。毒をもって毒を制すといいます。我々羽黒家は毒を制す毒にならなければなりません。それが『正義の忍』の意味です」
しばらく、その場を沈黙が流れた。
光感の回答は正解なのか? 父さんの望んだものだったのか?
僕は固唾を呑んでその場に座っていた。
と。
父さんの顔が温和になった。
「よく言った、光感。そう、我々は悪だ。悪として正義をなす。それが羽黒家だ」
僕はほっと胸をなでおろした。光感の回答は正しかったのだ。
「円空!」
「は、はい」
「お前は答えを見出せなかったな?」
「え、あ、はい。その……ごめんなさい」
「いいか、円空。よく覚えておけ。我々は悪であると。そして悪であるからこそ限りなく正義を追求しなければならないと。分かったな」
「はい」
悪であるからこそ限りなく正義を。僕はその言葉を胸に焼き付けた。
「円空、光感」
次に口を開いたのは母さんだった。
「父さんはこう言っています。そして私も羽黒家に嫁いだときから、この日のことは覚悟していました。
12歳で家督と仕事をつぐ。それが羽黒家の掟。
……でも、でもね、円空、光感。
それでもあなた達はまだ子どもなの。だから私は……」
母さんはそこまで言うと涙を流して言葉をつまらせた。
「和子、子どもたちに情けない姿を見せるな」
父さんが母さんをたしなめる。
「ええ、ええ、わかっています。わかっているんです。でも……」
母さんはそう言って泣き崩れた。
「大丈夫よ、母さん。私も円空も超能力者よ。いいえ、超能力だけじゃない。小さい頃から父さんに鍛えられているんだから。ね、円空」
そう言って光感は僕の背中を叩いた。
《母さんをはげまして》
背中をたたかれると同時に、僕の頭のなかに光感の言葉が入ってくる。テレパシー能力だ。
短い言葉だったが、僕はそれに従った。
「そうだよ、母さん。僕たち強いんだぜ、そんな心配すんなって」
「ええ、ええ、そうね。そうよね。ごめんなさい」
母さんはまだ心苦しそうな表情を浮かべながらも、そう言って立ち直った。
「では、これより円空に家督を相続する」
父さんはそう言うと脇においた刀を手にとった。
「では、円空、これを受け取りなさい」
「はい」
僕は答え、その刀を受け取った。
江戸時代、この刀は羽黒の忍者が常に身に着けていたという真剣だ。もちろん、平成の現在では真剣を無造作に持ち歩くことなんてできないし、まして小学生の僕が持ち歩くことなど許されない。
だからこれはあくまでも儀式である。終われば刀は再び裏山の祠に眠ることになる。
それでも、その刀を受け取った時、僕は両手にずっしりとした重たさを感じた。それは単に刀の重さだけではなく、代々伝わってきた羽黒家の重さだったのかもしれない。
そして、その儀式が終わったまさにその瞬間だった。
「失礼致します」
そう言って部屋に入ってきたのは家政婦の加藤さんだった。中年のおばさんで、僕が生まれる前から羽黒家に仕えている。
「今、取り込み中だ」
父さんが不機嫌な声を出した。
それはそうだ。家族会議中、それも家督を譲ろうという時に家政婦が乱入するなど許されることじゃない。
「は、はい、それはもちろん承知しております。ですが……」
「加藤さんを責めないでやってほしいっす。僕が急ぎの用件があるって無理やり入ってきたっすから」
そう言いながら加藤さんの後ろからひょっこり顔を出したのは、ボサボサ頭によれよれのスーツ姿の男だった。
僕の知っている顔である。名前は柳沢貞光さん。年は……確か20代半ばだったはず。こう見えてれっきとした警視庁の刑事だ。もっとも警視庁特別超能科などという怪しげな部署にいるのだが。
「貞光か。お前が急ぎというのならば仕方がないな」
父さんがそう言った。
「ええ、今日二人の誕生日だってことを思い出しましてね。もっとも、間にあわなかったっぽいっすね」
「誕生日になら間に合っているぞ」
「でも、もう家督は譲っちゃったんでしょ? この様子じゃ」
そう言いながら、柳沢さんはズカズカと部屋に入ってきた。
父さんは再び苦い顔を浮かべるが、表立っては何も言わない。
「実はね、いろんな筋からある件を調べてほしいって話が来てるんすよ」
柳沢さんの仕事は主に羽黒家と警察との連絡役だ。それ以外はいつも事務処理などをやらされているらしい。
「そうか。だが私はすでに家督を譲った身だ。仕事なら円空と光感に話してくれ」
「炎志さんならそういうと思ったんすよねぇ。ですが、今回の件、ちょっと話がデカイ上にヤバイかもしれないんすよ。だから……」
「事の大小は関係ない。繰り返すが、私はもう家督を譲った。仕事は二人に任せる」
頑なな父さんの言葉に、柳沢さんはため息をついた。
「いや、ですがね……」
「円空、光感。家督は譲った。あとはお前たちで処理しろ」
なお言い募る柳沢さんを無視してそう言い話すと、父さんは母さんと加藤さんを引き連れて部屋から出て行った。
三人がいなくなると、柳沢さんは座ったままの僕たちを見下ろし苦笑いを浮かべた。
「参ったね、こりゃ」
頭をカキカキしながら、部屋の中をウロウロする柳沢さん。
僕がどうしたものかと考えていると、光感が口を開いた。
「柳沢さん」
光感が真剣なまなざしで柳沢さんを見る。
「うん?」
「私達、たしかに未熟ですけど、これまで父のもとで修行を受けてきています。そして、円空は今日家督を相続しました。覚悟はできています。
そうよね? 円空」
最後の一言は僕に向かって言った。
「え、あ、うん。そう、そうです」
僕は口ごもりながらそう言った。
情けない。家督を譲られたのは光感じゃなくて僕なのに。
ともあれ、僕達は真剣な目で柳沢さんをみつめた。
柳沢さんは暫く考える素振りを見せたが、やがてため息をついたあと、頷いた。
「そうだね。確かにその通りだ」
そういうと柳沢さんは僕達の前に座った。
「それじゃあ話すよ。羽黒家当主、円空君。それに光感ちゃん」
「はい」
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