第88話 鬼子

「オマエは鬼子じゃ…娘はやれん」

「鬼子?」

「オマエは産まれたときから呪われておるんじゃ、娘に近づくな」

 鬼子と呼ばれた青年は土間の灰を掛けられ、想い人の家を追い出された。

 貧しい里で産まれ、自分の田畑も無く、地主の小間使いで、その日の糧を得ている。

 誰からも名前で呼んでもらえない、そんな青年を唯一、名前で呼んでくれる女性に密かに想いを寄せていた。

 なぜ自分は、皆に嫌われているのか解らない。

 まるで自分なんてソコに居ないかのように目を合わせようとしない。

 子どもの頃からそうだった。

 地主の敷地の外れにある粗末な小屋が青年の寝床、朝起きると地主の家で仕事をもらうだけの生活。

 毎晩のように地主の娘「ナミ」が、こっそりやってきて、握り飯とお茶をくれる。

 それを食べている僅かな間、「ナミ」と話をするときが青年の子供の頃からの楽しみであり、青年の世界の全てだった。


 ある夜、地主にそれが見つかり、青年は自分の出生を聞くことになる。

 オマエは正直だし、よく働く、産まれさえ普通であれば、娘をとも思う。

 だけど…それはできない、オマエは抜け殻から産まれた子、それで疎まれ里を出ていく男を憐れに思い田畑と一緒に買い取り、災いを呼ぶ『忌み子』殺すべきだという里の者をなだめて住まわせているのだと。


「そのオマエが娘に…」

 恩を仇で返されたと灰を掛けられ地主の家を追われた。

 桜護の話も聞いた。

 自分を『忌み子』にしたのは桜護。

『ナミ』が自分の全てだった…ただひとつ、大切な…ソレすら触れることは許されない。


 青年は、山へ立ち入る…。

「俺の全てはココから始まった…俺と共に消えろ…」

 青年の名は『サクヤ』と言った。

 桜の夜と書いて『サクヤ』


 山が業火に焼かれた夜…桜の花びらが火の粉に舞った。

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