○追憶編⑬~デート~


 七夕の次の日、前日の信じられない告白のことで頭が一杯で家でボーッとしていたら、大谷孝次から電話がかかってきた。


 そして「初めての告白で舞い上がり過ぎて聞き忘れてた」と正式に交際を申し込まれた。


「付き合って下さいっ!」


「……はいっ……」


 というお互いに赤面もののやり取りの後、私は気が緩んだのだろうか……

 高熱を出す風邪を引いてしまった。

 そして治った頃には大学で初めての前期試験が始まったので、初デートどころではなかった。


 試験が終わったら終わったで、彼はすぐに東北の実家に帰らなくてはいけなかったので、初デートは結局夏休み明けということになった。


 そして、夏休みの間にお互いに教習所に通って運転免許を取ろうという話になり、毎日寝る前に電話で進捗状況を報告したり、その日にあった面白い話をして笑い合った。


 待ちに待った夏休み明け……

 私達は大学の近くで、公開したばかりの『秘密』という映画を見に行った。


「ねぇ……なんでこの映画にしたの?」


「ポスターで見た主役の子がお前にちょっと似てたから……」


「……えっ……」


 帰りの電車の中、並んで座って照れながら映画の感想などを話していたら、あっという間に時間が過ぎてしまった。

 もうすぐ私の降りる駅になるので「今日はありがと~バイバイ」と降りようとしたら、


「ちょっと待って…………」と初めてのキスをされた。


 他に誰もいなかったらロマンチックだったのだろうが……

 立っているお客さんがたくさんいる満員電車の中だった。


 私達はよく、大学の近くの漫画喫茶やカラオケでもデートをした。

 歌が下手くそな私と違って、彼は本当に歌が上手だった。


 時々出る乱暴な言葉はともかく彼の声が普段から好きだったが、歌声は特にカッコよくて参った。


 孝次と映画デートをしていたある日、映画館があるショッピングモールのフードコートで高齢のご夫婦を見かけた。


 ご主人の方は身体的にもお元気そうだが、車椅子に乗っている奥様の方は恐らくは重度の認知症……


 認知症は症状が進むと家族のことも分からなくなり、徘徊や暴言・暴力などの問題行動が現れることもある。

 忘れたくないのに忘れてしまう、大切な人を傷つけたくないのに傷つけてしまう可能性がある悲しい病気だ。


 そのご主人は、奥様に激しく叩かれたり様々な暴言を受けながら、いつもの事といった感じでニコニコしながら歌を歌って奥様にアイスクリームを食べさせてあげていた。


 私は、そのご夫婦を少し離れた場所から見つめていたが、いつの間にか涙が溢れていた。


「年をとってもデートできるってなんかいいな……おばあちゃん幸せそう……」


 その時……頭の中に、ある歌のイメージが浮かんだと共に新たな目標ができた。



 冬になり、付き合って初めてのクリスマスの日……

 初めて孝次のアパートに招かれたので、お昼前から張り切ってケーキや料理を作った。


 ……が、なぜかスポンジが膨らまずにゼリーみたいなのが出来て大失敗した。

 ……が、料理は何とか成功し、手編みの手袋をプレゼントしたら喜んでくれてよかった。


「ねぇ……孝次はどうしてうちの大学に入りたいと思ったの?」


 私はずっと前から気になっていたことを聞いてみた。


「俺の好きな作家が、うちの大学の出身なんだ」


 ふと、音大の夏期講習に行った時のことを思い出した。


「じゃあ文学部も受験したの?」


「いいや……書くのじゃなくて読むのが好きなんだ」


「へ~本が好きなんて意外……」


「ちなみに一人暮らしで引っ越す先が、一番好きな小説の舞台だったからっていうのもある」


「すごいね……夢……叶えたんだね……」


 人と人が出会う前には色々な過去があり、それが雪みたいに積み重なって今の形になってゆく……


 もしどこかの選択肢が一つでも違っていたら出会わないし、例えば両親が何かの理由で出会わなかったら私はここにいなかったかもしれない。


「その小説……『君の声』っていう恋愛小説なんだけど読む?」


 私は『声フェチ』ということもあって内容がどうしても気になってしまい、孝次が貸してくれた小説をその場で読んだ。


 その本は、今まで推理漫画や少女漫画しか読んだことのない私でも読みやすく、結末には自然と涙が流れた。


「好きになっちゃいけない人を好きになるって切ないね……すごい……涙出た」


「だろ? すごいだろ? 文章も知的で目の前に光景が広がってくる感じで……」


 孝次は興奮したように語り出し、話が終わったのは終電ギリギリだった。


 急いで自転車二人乗りで駅に向かったが……

 駅のロータリーに着くなり電車が出発してしまい、

 結局そのまま孝次の家に泊まることになった。

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