○追憶編⑦~プレゼント~

 

 12月も後半に差し掛かったある日、

 私は一週間に一度の篠田先生の授業が何よりの楽しみになっていた。


 塾の英語の授業中、勉強はもちろんしていたが……(今日は寝癖ないや)とか(ネクタイなんか曲がってる)とか先生の方にばかり目がいってしまった。


 そしてもうすぐ授業が終わる頃、その日の終わりの挨拶代わりに篠田先生が言った言葉は、みんなが予想だにしないものだった。


「来週の授業は丁度クリスマスですね~僕からもささやかなプレゼントがあります!」


「……ので次回はウォークマンなど録音できる物を持ってきて下さいっ」


「?????」


 篠田先生の思わぬ発言に教室内が固まった。

 そして(何が貰えるんだろう……)とみんなが様々な推理を繰り広げ、クラス中が浮き足だった。



 楽しみにしていたクリスマス当日、

 授業のまず始めにプリントが配られた。

 何が書いてあるか見えないように白い方を上にして……


「はい、じゃあプリントをめくって下さ~い。今日はクリスマスなので…………」


「僕が作った英語の文法の歌を皆さんにプレゼントしたいと思いまーす!」


「なんじゃそりゃー!?」


「♪~♪~♪~………………」


 歌詞を配り、唐突に始まった篠田先生が自作した英語の歌は、これまた自作らしき伴奏から始まり……

 笑いをこらえる声がチラホラ聞こえる中、同じ歌が2回歌われ、みんなに録音された。


 先生の歌は決して上手ではなかったけれど……

 それは私にとって、最高のクリスマスプレゼントになった。


 私は英語の他にも文系の授業をとっていた。

 歴史は世界史を選択していたが、年内最後の授業で私は大恥をかいてしまった。


 世界史の先生は少なくて女の先生は一人だったが、教え方も上手くて冗談好きな評判のいい先生だった。


 その日の最初、ホワイトボードに地図が貼り出され、「三国志の地図でしょくはそれぞれどこか?」という問題が出された。


 私は早速当てられ、赤く囲まれたエリアが指差された。

 正解は『呉』だったが、歴史が苦手なのですぐに答えられなかった。


 そんな私を見兼ねて先生は一瞬懸命右手を開いて(パー→5→呉)というヒントを何度も何度も送ってくれていたが……


「パー?」


 途端に教室が爆笑に包まれた。


 パーなのは私だった。


 この時の話が後々、私に意外な幸せを運んでくれることになるとは思っていなかったけど……



 年明け、家に大きな封筒が届き、年始のご挨拶とともにある冊子が入っていた。

 全国音楽振興会からのもので去年受賞した全作品をまとめた冊子だった。


 特選賞候補の楽曲も掲載されていて、友達の歌詞と自分が作った曲の楽譜が本に載っているという事実が夢みたいで……

 思いがけない誕生日プレゼントを貰った気がして本当に嬉しかった。


 私は暇さえあればカセットテープに録音したものを聞いていた。


「やっぱり先生の声聞くと一番安心する」


 私は先生の声が大好きだった。


 優しい性格が滲み出たような声……


 私は元々人の声というものに敏感で、テレビで誰かが喋っている声などが、顔や名前を見る前に、これは誰の声か分かるという変な特技を持っていた。


 もし警察に声紋判定係という部署があるなら就職したいと思う程……というのは大げさだが。


 小さい時に見ていたアニメで(なんか好きだな~)と思うキャラクターの声を後に調べてみたら、みんな同じ女性声優さんだった。


 いわゆる『声フェチ』というやつかもしれない。


 私はテープを繰り返し聞いては恥ずかしがり、顔を覆ってモジモジしてしまった。

 そして相合傘を書いて(名字が同じ漢字だから結婚しても変わらないんじゃ)と気付き、床をゴロゴロしてしまった。


 新学期が始まり、受験まであと1年ということもあって英語の受講を週2に増やした。


 塾でも来年に向けて志望校を仮に決める面談があるそうで……

 私は2月になったある日、篠田先生との面談のためだけに塾に向かった。


 私はその日、熱があった。

 でもどうしても先生に会いたかったから、必死で隠した。


 これはもう完全に恋だ。


 赤い顔で志望校の相談をし、仮の志望校一覧を埋めていく。

 やるべきことが全て終わってから……


「先生、この間の歌すごいよかったです!」


「あ、ありがとう……」


「曲も自分で作ったってことは、伴奏の部分も自分で作ったんですよね?」


「あ、あの昔、音大に行ってたもんで……」


「やっぱり~すごいです! どこですか? 実は私も音大に行きたいと思っていた時期があって……」


「バークロー……」


「???」


「あ、外国の音大で……」


「…………めちゃめちゃすごいじゃないですか……」


「でも昔のことだし、音楽は趣味みたいなもので……」


「もったいないですよ~! 外国の音大に行ける程、才能があるんだから」


「一時期はソングライターを目指してたこともあるけど現実はそんなに甘くなくて……」


「先生だったらなれますよ! 私なんか特選賞候補にはなったけど、賞とれなかったから音大受験さえできなくて……初めて作った曲は優秀賞だったんですけど……」


「賞とったの? すごいじゃん」


「いや先生の方がすごいですよ」


「僕、賞とったことないし……どんな曲? 今度聞かせて?」


「は……い、今度……持ってき……ます」


 照れながらそう言った後日……


「先生~これなんですけど……」


「ありがとう……楽しみにしてた」


 私は英語の授業が終わり、みんなが帰った後……ラジオ番組を録音したものや、提出前の音源などをカセットテープにダビング編集したものを先生に渡した。


 優秀賞でコメントが載った雑誌や特選賞候補で載った冊子も持っていって見せた。


「すごい……」を連発してくれる先生の一言一言が色んな声色で、どれも私に喜びと力を与えてくれた。


「本当にありがとう…………実は今日、僕の………………いや、なんでもない」


(なんだろう……僕の曲も持ってきたとか? あと考えられるのは今日が先生の……)


 先生が最後に言いかけた言葉が気になって、「ダビング編集したものなのでテープごとあげます」という一言を伝えるのを忘れてしまった。


 後で深く後悔することになるとも知らずに……

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