第17話 「準備は良いですか」というピンクちゃんの号令と共に、赤鬼族の若い衆が金棒を床に打ちつけた。ちょっとした爆発音を轟かせ、フロアー全体が上下に揺れた感じがした。下の階の住人さんごめんなさい。


 ♠



 一瞬、身体に電気が走ったかと思うと、途端に視界が歪んだ。

 水のなかに飛び込んだ瞬間のように、身体全体にあるか無しかの圧迫感を感じる。

 水を張ったプールを泳ぐのではなく、歩くような、地に足がつかない感覚。

 色が変わる。

 次々に。

 最初は一面の赤だった視界が、次第に緑に変わり、いまは一面の青だ。

 それに泡。

 気泡でも無く。

 水泡でも無い。

 不思議な泡が無数に飛び交ってる。

 この一つ・一つが、世界の断片なんだと誰かが言った。

 誰の声だ。

 稟?

 上樹先輩?

 音。

 大量の水が流れるような、轟々という音。


 いや違う。


 これは風の鳴る音か。


 違う。


 波の音だ。


 それも違う。


 地鳴りに似てる。


 いや違う。


 やっぱり水音だ。

 河の流れる音。

 小川のせせらぎ。

 大河の流れ。

 光が。


 白く、眩い光が⋯⋯



 ♠



 ドォォォォォォォン


 と、雷が落ちた。


「オォォォォォォォォォォ」


 と、赤鬼さんがえている。

 金棒を奮う度に、オレンジ色した太い稲妻が大地を灼く。

 その直撃を受けたロボットが、狂ったように痙攣しながらバラバラになるのが見えた。


 何が起きてる。


「なにをボーッとしてるの」

 ボクの頭を熱線が掠めて行った。

「わっ」

 危なかった。

 コーラルさんが手を引いてボクを引き倒してくれなければ、直撃を食らってる所だ。

「いきなり、何が起きてるの」

「待ち伏せされてたのよ」


 待ち伏せ!?


 マジか。

 上樹先輩が柳生顎人のロボット兵を次々に斬り捨ててる。

 稟も金棒をブンブン振って、敵を粉々に砕いてる。



「がっはっはっはっはっ。悪いロボットめ」



 赤鬼さん、なんか楽しそうだ。

 雷を落としては、弾け飛んだロボットを金棒で打ち飛ばしてる。

 なんで、あんな真似が出来るんだ。

「ここは私たちに任せて。君は柳生を探しなさい」

 そう言うなりコーラルさんが剣を抜いて、ロボット兵を切り裂いた。

 どうやりゃ剣で、金属を紙のように斬り裂けるんだろ?

 そんな事を考えてたボクの耳に、



 キョエェェェェェェェェ


 と、聞き覚えのある雄叫びが飛び込んで来た。

 グリフォン!!


 いまのボクなら、グリフォンの一匹や二匹⋯⋯


 なんだあれ?

 アフリカ象ぐらいかる、大きな角の生えた、黒い、猿!?

「マンティコアー!! なぜ、こんなところに」

 上樹先輩が呟いた。

 あれが曼丁蛟まんていこう

 琥珀さまの肩に食らいついた、曼丁蛟!?

 って、またボクをおいかけるのかよ。

 一直線ににボクに殺到したマンティコアーに背を向けて、ボクは走った。

 走りながら刀を抜いた。

 織波瑠魂オリハルコンの刀だ。


 斬れる。


 おもしろいように斬れる。

 ボクの前に立ちふさがるロボット兵に刃が触れる度に、金属が涼しい音を立てて真っ二つに裂けて行く。

 これが織波瑠魂の力。


 って、感心してる場合か!!


「どわっ!!」

 ボクの頭を掠めて飛んで行ったロボット兵が、壁に激突して粉々に砕けた。

 あんなのに当たったら、痛いじゃ済まないよ。

 角が生えても猿は、猿。

 手先はグリフォンより器用みたいだ。

 って、感心してる時じゃ無いっての。

 ロボット兵を鷲掴みにしたマンティコアーが、再びボクに向けてロボット兵を投げつけた。

 唸りを上げて飛来したロボット兵を、ボクの織波瑠魂の刀が両断した。

 ロボット兵は、一言も発すること無く倒れて動かなくなる。

 金属と、セラミックと、ラテックスと、なんだから分からない異世界の素材で作られた。

 無機物で、命を保たないロボット兵なんだけど。

 やっぱり人の姿をしたモノを斬るのは、なんだか心が痛い。


 彼らは弱い。

 ただ数が多い。

 こっちはボクを入れて二百人程度だが、敵はその百倍近い数がいる。

 その百倍近い戦力が、この狭い空間にひしめいて、ボクらを押し潰そうと攻め込んで来る。

 息も出来ないような圧迫感だ。

 それなのに、

「だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 マンティコアーには関係無いみたいだ。

 ロボット兵を滅茶苦茶に踏みつけながら突進し。

 思い出したように一・二体掴んでは、ブンブン振り回してボクを追い掛けて来る。

「戦いなさい」

 コーラルさんが叫んだ。

 無理、無理、無理!!

 戦う余裕なんてない。

「キェェェェィ」

 上樹先輩の一刀でマンティコアーの角が跳ね飛んだ。


 キョエェェェェェェェェ


 ギロリとした血走った眼が上樹先輩を見た。

 ダメ、ダメ、ダメ。

 女の子を襲うな。

「ウォリャァァァァァ」


 ゴィィィィィィィン


 稟の金棒がマンティコアの頭を殴った。


 ゴィィィィィィィン


 ゴィィィィィィィン


 ゴィィィィィィィン


 滅多打ちだ。

 でも、利いてない。

 ブルブルと頭を振って稟に掴み掛かった。


 駄目だ。


 稟は女の子なんだぞ。

 マッチョで、身体がデカくて、牙が生えてて、ついでに角も生えてるけど、女の子なんだ。

 それを鉤爪で掴むんじゃない。



暁人あきとさまっ!!」



 凄いぞ、このアーマードスーツ。

 鋭いマンティコアーの爪が突き刺さらない。

 でも、肉に食い込んで痛~い。

 しかも、力が強い。

 身動き取れない。

「だあぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 投げられた。



 ♠


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