第15話 お風呂のようにお湯が満たされたベッドに横たわったまま、ボクはゼニガタの兄貴の言葉を聞いて絶句した。


 ♠



「よんっ」



 ボクは言葉に詰まった。

 その余りに大きな数字に、頭が全く追いつかなかったからだ。

「当時、ロストバース6000には、五十億もの異世界人が暮らしていた」

 葉巻の煙りを吐き出しながら、ゼニガタの兄貴が苦いものを吐き捨てるように呟いた。


 柳生やぎゅう・クレメンス・顎人あぎと


 ロストバース6000。

 当時はハブ6000と呼ばれた異世界で、ボクと同じ様にゲートの管理人をしていた人物だ。

 フリッツ六世さんの話によると、マルチバースの世界で最初に変異が確認された一人だったという。

 最初の一人だけに、マシキュランにも対応が分からず、全ての方針が手探り状態で決められ。

 その全てが誤った方向に進んだ。

 柳生・クレメンス・顎人は、自分の力の強大さに酔い。

 次第に傲慢になり。

 人間性を失い。

 自らを神と思うようになった。

 その結果が、四十億人の虐殺につながったんだという。


 咄嗟に


 《悪魔》


 って言葉が頭に浮かんだ。

 十五人いたマシキュランの長老のうち三人も、その虐殺の犠牲となり、ハブ6000は、マルチバースから切り離されロストバース6000になったんだ。


「なんで、そんな事を⋯⋯」

「さあな。異常な奴の考えは分からん」

 何本めか分からない葉巻に火を点けながら、ゼニガタの兄貴が頭を振った。

「もしかして、ボクも、あんな風になるの!?」

 ボクは、最大の疑問を口にした。

「なる訳がねえ」

 ゼニガタの兄貴が慌てて否定した。

 だけど。

「ゼニガタさんは、あいつを見てない!!」

 あいつの顔。

 アイウェアの外れた、あいつ顔。

 こめかみから頬に掛けて、縦に長い瑕跡が走り。

 髪型も違っていたけど。

 あれは間違いなく、ボクの顔だった。


「ドッペルゲンガーってのを知ってるか、暁人」


 ゼニガタの兄貴が言った。

「世の中には、自分にそっくりなヤツが最低三人はいる。そいつ等は、この無限に広がる異世界に存在する、自分の分身のようなもんだ」

「って、ことは、あいつは、やっぱりボクの⋯⋯」

「分身ってのは、所詮分身だ。自分自身じゃねえ。オレにも分身はいる。そいつはバース1142794で料理人をしてる。遺伝子も違えば、生まれ育った環境も違う。別人だ」

「しかし」

「しかしは無しだ。悩むな暁人」



 悩むなっていわれてもな~



 四十億人を殺した虐殺者と、名前も顔も似通ってて、同じ様な変異をしてるって知ってしまったからな~

「桐生さん」

 ピンクちゃんの声がした。

「柳生・クレメンス・顎人の足跡が辿れました」

 ゼニガタの兄貴が用意してくれた、回復用リフレッシュバスに横になってたボクは、ぱっと起き上がった。

 身体から、片栗粉でとろみをつけた、暖かい塩水みたいなものが滑り落ちていく。


 あ、身体が軽くなってる。


 ほんのわずかな休息でも、こんなに回復するんだ。

 凄いな恐竜の技術。

 身体に着いた回復液をバスタオルで拭いながら、ボクは訊いた。

「あいつは、どこに?」

「ロストバース1です」



 ♠



 遺伝子マーカーを施されたボクは、ピンクちゃんが用意してくれた戦闘用アーマードスーツに身を包んでいた。

 イーグルワンのイメージ通りに、黒を基調としたカラーリングで、身体にピッタリフィットするスーツだ。

 これピッチリしてるのに、全く動きをさまたげない。

 まるで裸で動いてるようにスムーズに手足が動く。

 マシキュランが開発した生体金属で作られてるっていうけど、この感触。


 もちもち、しっとりしてる、ピンクちゃんのやわらかボディの感触にそっくりなんですけど。


「本当に行くのかね、ローレンス?」

 白いマフラーを首に巻いてるボクに、ミーたんの背中に跨がったフリッツ六世さんが声を掛けた。

 いまのミーたんは、フリッツ六世さんの三倍は身体が大きい。

 どうもボクは、彼女に餌を与えすぎたみたいだ。


「ええ」


「ロストバース1が、どのような場所か知っておるかね」

「説明は聞きました」


 ロストバース1。


 歴史上、最初にマルチバースから切り離された世界。

 長い戦乱の末に星そのものが荒廃し、生物の住めなくなった惑星だとか。

 いったい、どんな戦争が起きたのか想像もつかない。

 柳生・クレメンス・顎人は、その惑星の海底に作られたマルチゲートの遺跡を、自分の居城にしてるそうだ。


「しかし、マルチネットから切り離された世界に、どうやってヤツは移動できるんです?」


 当然の疑問を、ボクは口にした。

 いままでのボクが、そうであったように。

 遺伝子ゲノムマーカーが施されていない生物は、逆立ちしたってマルチネットを利用できない。

 それと同じ理由で、マルチネットに接続されてない世界には、どんな生物も移動できない筈なんだ。

 上樹先輩がいうには、グリフォンのように生命力の強い生物なら、自力で異世界転移を行えるようだが。

 自分の望んだ異世界に、望み通りに転移するような、器用な真似はできない。

 全く無作為に、望んでもいない世界に転移する。

 それが自然に起こる転移だ。

 だけど柳生顎人は自ら望んで、プロトハブ60000にやって来た。

 ボクの眼の前に。



 ♠



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