第12話 大きく振りかぶった手が、唸りを上げてボクの頬を張った。さすがはドリフトボールのトッププレイヤー。凄くスナップが利いてるんてすけど。


 ♠



「どうして。どうして、獅道琥珀しどうこはくを守らなかったの!!」

 もう一度、


 パッチーン


 往復ビンタだ。

 あ~、頭がクラクラしちゃう。

「もう、もう、もう⋯⋯ あなたなら守れたでしょう」

 ポコポコポコとボクの胸を叩くイレズミだらけの拳が、細かく震えていた。

 涙を溜めた緑 の瞳もだ。

 その瞳をたたえた、切れ長の大きな眼が驚きに瞠かれた。


「どうしたの、この怪我」


 血まみれのパジャマを引き裂いて、アンジェリカが訊いた。

「――ヤツに⋯⋯、やられたんだ」

 アンジェリカが気にしてるのは、コンシェルジュさんに治療された左胸の刺し傷じゃなく。

 ボクの全身を走る、大小様々な切り傷だ。

 特に胸を真横に走る瑕跡と、背中を斜めに走る切り傷だ。

 どれもコーラルさんにやられたモノだ。

 ボクが視線を向けると、コーラルさんがそっと顔を背けた。



 まったく、この人は⋯⋯



 琥珀さまの母親じゃなきゃ、怒鳴ってる所だよ。

 あぁ~、でも、あの眼で見つめられたら、怒鳴れないかも知れない。

 琥珀さまと上樹先輩に、そっくりなんだもん。

「ヒドい⋯⋯」

 アンジェリカが絶句すると、俯いてポロポロと涙をこぼした。

「泣かないでアンジェリカ」

「泣くでしょ、こんなの⋯⋯」

 グズグズと鼻をならして俯いたアンジェリカの頭を抱きかかえて、その髪にキスをした。

 涙を拭うように、その頬にも。

 そして震える唇にも。


「ローレンス・暁人⋯⋯」


「心配掛けてゴメン。好きだよアンジェリカ」

「あたしも。あたしも大好きよ」

 ボクにキスをしたアンジェリカの眼が、再び大きく瞠かれた。

「フランシス!?」


 あ、忘れてた。


 無事だったのかフランシス。

「どうして、ここに?」


 どうしてって。

 お前の事が心配で、フィアンセがどんな男なのか確かめに来たって。


 なんだろう。

 友達にしても、随分とフランクな喋り方だな。

「も~、おじさん。心配しすぎ」

 おじさん!?

 え、フランシスとアンジェリカって親戚なの。


 心配するだろう。

 私は、お前の父親代わりなんたから。

 って。


 ええ!?

「あの~、アンジェリカ。君とフランシスって、どんな関係なの?」

「フランシスは、あたしの母方の叔父なの」

「叔父さん?」

 半魚人語。

 叔父と親友が似すぎてないか――

「ええ」

 ただの親戚じゃなくて、すんごく近い血縁なんですけど。

「ぁ、あんまり似てないよね」

「あら? この辺のウロコなんてそっくりでしょ。あたし子供の頃からフランシスに似てるって、よく言われてるのよ」



 いや~、そこのウロコをどうこう言われても、ボクには見分けがつかないよ。

 あれ?

 もしかして、ボクとアンジェリカの間に息子が生まれたとしたら、フランシスみたいな子になるの?


 ⋯⋯


 ⋯⋯⋯⋯


 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯


 それは困る。

 すんごく困る。

 多分、今世紀最大に困る事になると思う。

 アンジェリカには頑張って、アンジェリカ似の娘を生んでもらわないと。

 ところで人魚と、どーすればエッチできるんだ!?

「どうしたのローレンス・暁人?」

「いや、凄く良い叔父さんだなって」

「でしょ、ドリフトボールの基礎を叩き込んでくれたのも、叔父のフランシスなんだから」

 涙の乾いたアンジェリカが、自慢気な笑みを浮かべてボクに抱きついた時、

「桐生さん」

 と、ピンクちゃんが駆け寄って来た。


「ピンクちゃん」


 あれ、なんかいつもと様子が違うような。

 何が違うんだろう。

 良く分からないけど、なんか違和感がある。

「心配しました。琥珀さんの現在地を特定します。何か彼女の持ち物はありませんか?」

 琥珀さまの持ち物っていわれてもな~

 何かあるかな。

「ちょ、ちょっと待ってて」


 琥珀さまの客室に入って⋯⋯


「あの~。上樹先輩。済みませんが、お願いできますか!?」

 コーラルさんのじっとりと冷たい視線を感じて、ボクは上樹先輩にお願いする事にした。

 べ、別に何もやましい事なんて無いよ。

 ただ、ほら、ねえ。

 女の子の私物を、男のボクが漁るのは、さすがにちょっとマズいだろうな~、と。

「あの子、刀を置いていったって言ってたけど」

「あれはグリフォン戦で折れてしまって」

「じゃあ、他に何かあるのかしら?」


 琥珀さまは、私物をほとんど持ち込まない。

 お着物も下着も、その日の内に洗濯して着替えて帰ってしまう。

 ここで着てる浴衣も、ボクがすぐに洗っちゃうから、遺伝子は残ってないしな~


「その刀。その切っ先に付いてる血は?」

「これは、あの男の⋯⋯、あの男の血だ!!」

「それを貸してください」

 織波瑠魂オリハルコンの刀を手にしたピンクちゃんが、奥に戻って分析に掛けた。

「あの男。あれは何者なんです?」

 ボクの問いに、フリッツ六世さんが渋い顔をして答えてくれた。

「あの男の名はな」

「あの男の名は?」

柳生やぎゅう・クレメンス・顎人あぎとという」



 ♠



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