第3話 目の前に迫る、ギラリと鈍い輝きを放つ刃を見つめ、ボクは思った。


 ♠



 半ば予想はついてたよ。

「って」

 はやい。

 ジークベルトよりも鋭い斬撃が、ボクの頬をかすった。



 あ~、あ~、あ~、あ~



 頬が、ボクの頬がざっくりと斬れて血が出てる。

 ボクはジャンプして避けたけど、この西洋甲冑動きも迅い。


 追いつかれる。


「ねえ、ちょっと、なんでいきなり斬りつけるの!?」

「うるさい、黙れ!!」


 って、わっ、た、た、た。


 背中、背中を斬られた。

 なにこれ、むちゃくちゃ痛い。

 変異したボクの身体を、紙のように切り裂いてる。

「あの、ねえ、理由わけ、理由ぐらい言おうよ」

 どうせアンジェリカ関連でしょ、流れ的に。

「我が愛娘をたぶらかした悪漢め、成敗してくれる」



 娘!?



 娘って、誰!?

 琥珀こはくさま?

 違うよな。

 琥珀さまは、和風の鎧兜姿だし。


 河童小娘かっぱこむすめ!?

 絶対違うよな。

 河を、この姿で泳ぐバカはいない。


 りん!?

 それも違う。

 稟の母親なら、きっと金棒でボクをぶん殴る。


 ピンクちゃん!?

 これも絶対違う。

 マシキュランが鎧を着込む理由が無い。

 それに、この剣、真剣だし。

 マシキュランなら、プラズマカッターだよね。


 アンジェリカ!?

 それも違う。

 だって、この人、両脚があるもん。


「なにをボーッとしてるの。寝ぼけた頭のまま、死ねえ!!」



「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」



 目の前に迫った切っ先を、白刃取りしたボクは、そのまま巴投げを打つように甲冑を後ろに投げ捨てた。

 壁に激突する寸前で、身体をくるりと翻転ほんてんさせた甲冑が、壁に着地してジャンプした。

 そのまま弾丸のように、ボクに迫る。


「うわっ、と」


 ざっくりと胸を斬られた。


 うわ血が、血が、ドクドクと⋯⋯


 ハンマー。


 ハンマーで反撃しないと。

 でも、甲冑がボクの前に立ちはだかってる。

 知ってるんだ、こいつ。

 あのハンマーが織波瑠魂オリハルコン製で、凄まじい威力を秘めてることを。

 その上で、ボクの手に渡らないように、絶妙な位置取りをして阻んでる。



 この人、強い⋯⋯



 ジークベルトなんて問題にならないレベルで、強い。

 間違い無く、上樹先輩レベルだ。

 両脚を斬り払われたボクは、痛みのあまり、その場に膝をついた。

「我が愛娘アンバーの無念を知りなさい」


 アンバーって、誰!?


「多分、なにか勘違いしてる⋯⋯」

 ボクは胸を押さえながら訴えた。

「まだ言うか。どこまで不埒ふらちなヤツ!!」

 不埒もなにも、アンバーって誰よ!!

「死ね。桐生きりゅう・ローレンス・暁人あきと



 あ~、終わった。



 まだ二十五なのに。

 変異も完了してないのに。

 こんな事なら我慢せずに、琥珀さまと河童小娘と稟とアンジェリカと、ピンクちゃんは流石に無理か、あんな事や、こんな事を⋯⋯

 こんな事を考えてるから、不埒呼ばわりされるのか!?

 でも、ボクも健康な男たよ。

 可愛い女の子に慕われて、そこを管理人の立場やなんやで我慢して来たんだから、その忍耐力を誉めてくれても良くない?

 こんな変な甲冑に、難癖つけられて死ぬなんてあんまりだ。


 そうでしょう。


 そうじゃないかな~


 理不尽だよ。


「アンバーって、誰だよ!?」

「我が愛娘を見忘れたか!?」

「見忘れるもなにも、会ったことないし。きっと誰かと勘違いしてますよ、あなた」

「なにっ!?」

「住所調べましたか。異世界って無限大にあるんですよ。本当にここ?」

 ボクの剣幕けんまくに、一瞬だが甲冑がたじろいた。

「ここはプロトハブ60000よね?」

 甲冑が胸元に手をやりながら、おそるおそるボクに訊いた。

 ボクは頷いた。

「で、君は桐生・ローレンス・暁人くんよね」

 ボクは、大きく頷いた。

「ならば間違いない!!」



 だからなんで!!



 アンバーなんて、知らないっての!!

「私を騙そうなんて本当に良い根性してるわね。この色魔しきまに、今こそ天誅てんちゅうを下してやる」


 色魔!?


 いままで散々、エッチだのスケベエだと言われて来たけど、さすがに色魔呼ばわりは酷くない。

「我が娘アンバーの無念を思い知るがいい。我が名はコーラル・ライオンロード。この名を胸に刻んで、あの世へけ」


 こと、ここに至って、ボクも覚悟を決めた。

 両目をつむり、これまでの人生を振り返った。

 訳の分かんない人生だったけど、悪くない人生だったな。


 あ~、走馬灯が。琥珀さまの顔が浮かんで⋯⋯

 あと河童小娘に、稟に、ピンクちゃんに、アンジェリカも⋯⋯


 あ~、嫌だ。


 死にたくない。


 死にたくないよ。


 こんな死に様はあんまりだ。


 せめて側に、琥珀さま、河童小娘、稟、ピンクちゃん、アンジェリカがいてくれないと。

 みんなでお風呂に入って、背中の流しっこして、髪の毛を洗って上げて、湯船でいちゃいちゃして、その後ベッドに移動して⋯⋯



 嫌だ。



 こんなの嫌だ。

 彼女たちに逢えなくなるなんて嫌だ。

 絶対嫌だ!!

 好きだ。

 愛してる。

 全員、愛してる。

 なんだよ、文句あるのか。

 全員可愛いんだ。

 人生最高のモテ期なんだ。

 誰が一番なんて、決められる訳ないだろう。

 誰にも渡したくないし、誰とも別れたくない。

 こんな終わり方嫌だ。


 嫌だ、嫌だ、


「嫌だァァァァァァァァ」


「往生際が悪い!!」


 ピュイィィィィィン


 鋭い刃音がして、ボクの目の前が真っ暗になった。



 ♠



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