第17話


 ♠



「だ~め。これは、あたしとローレンス・暁人あきとの特別な儀式なの」

 そう言ったアンジェリカが、ボクをギューッと抱きしめた。


 首、首に腕が掛かってる。


「放しや、ウロコ女」

 琥珀こはくさまも抱きついて来た。

 いや、これはちょっと。

「アキトは、アタイの」

 腕を引っ張るな、腕を。

 って、お前、ちっこいのに結構凄い力だな。

 知らなかった。


「暁人さま~」


 りん

 こらよしなさい。

 そのトゲだらけの鎧で抱きつかれると、さすがに痛いよ。

 ピンクちゃん。

 あのね。

 その。

 ボクの足にすがりつくのは、さすがにちょっと見た目に問題があるんじゃないかと⋯⋯

 こんなシーンをマナさんに見られたら、なんと言われるか。



「まっ!!」



 マナさん!!

「なんて格好をしてるのピンク!?」

 ピンクちゃんの顔が一気に青ざめた。

 器用だなマシキュラン。

「ね、姉さん。あの、この、これは、その。――桐生さんヒドい」

 なんで、ボクが責められるの!?

「なあ暁人。お前、この状況はねえよ。女の子がかわいそうだ」

 お前が言う。

 彼女たちをき付けておいて、お前が言うか。

「河童ちゃん。はい、アーン」

 お前は、お前で何やってんの嘉藤かとう


 自由すぎるだろ!!


「暁人くん。君ね」

「え? はい」

「琥珀ちゃんを弄ぶ気なら、この場で斬るわよ」




 あああああああ、恐い。




 本気だ。

 本気の眼だ。

 上樹先輩の背後に、黒々としたオドロ線がはっきりと見える。

「桐生さん。ピンクのことは、どうなさるおつもりですか?」

 異世界の鋼鉄の姉が二人して、胸の前で腕を組んでボクを見下ろしてる。

 返答次第で、この場で殺される?


 どーする?


 どーするの桐生・ローレンス・暁人。

 人生最大のピンチだよ。

 なんかもう、色々と危機的状況だよ。

 命も風前の灯火だよ。

「放しや、ウロコ女」

「いやよ」

「暁人さま、抱っこ」

「稟、じゃま」

「桐生さん。私⋯⋯」


 ああ、もう。


 あああああああ、もう。


 どうしたら良いの。


「そうだ!!」

 稟が跳ね起きた。

 なんだ!?

「ジャンケンしよう」


 へ?


 いったいなに!?

「勝った人が、今日、暁人さまと子作りするの」


 何を言い出すのよ、この子は!!


「な、何を言ってるの⋯⋯」

 アンジェリカが絶句してるよ。

 イレズミの入った顔を、真っ赤に染めてる。


 このウブい所が、凄いギャップがあって可愛いんだよね。


 って、そんなことはどうでも良い。

 その案は無し。


 パス。


 パス。


 パス!!


「よし。良いじゃろう」

 琥珀さま。

 君も、何を言ってるの。

「琥珀ちゃん」

 止めて。

 止めて上樹先輩。

「本気なの?」

 いや、そこ、確認する所じゃない。

「本気じゃ。わらわは本気なのじゃ」

「そう。じゃあ私は止めない」


 止めてよ!!


 止めなきゃ。

 ねえ上樹先輩。

 なんで、そこだけ無駄に聞き分けが良いの。

「アタイも~」

「ダメ~」

 嘉藤。

 お前だけだよ、我が親友ともよ。


「カトー。アタイ、あんたのこと嫌いじゃない。⋯⋯でも、アタイの一番はアキトなんだ」


 がっくりと肩を落とした嘉藤が、それでも顔を上げて河童小娘を見た。

「分かった」


 分かるな!!


「オレは、いつまでも君を待ってる」

 男前だな嘉藤。

 って、そこで諦めるな。

 もっと押せ。

 もっと押すんだよ嘉藤!!

「アンジェは、どうする?」

「あ、あ、あたしは、その。ローレンス・暁人と結婚もしてないのに、そんな真似」

「じゃあ不参加ね」

 稟が拳を突き出した。

「ピンクちゃんは、どーする」

「わ、私も⋯⋯」

「じゃあ三人で。ジャンケン――」

「ま、待って」

 アンジェリカが手を挙げた。

「なんじゃウロコ女。そなたは不参加じゃろう」


「あ、あたし。まだキスもしてないのよ。それなのにいきなり、こんなの。ひどいと思わないの」


「思わぬ。わらわたちは、それだけ本気なのじゃ」

「ぼくと暁人さまの赤ちゃんは、きっとすんごく可愛いよ」

「赤ちゃん!!」


 赤ちゃん!!


 いや、ちょっとねえ。

 みんな、落ち着こうよ。

「暁人~。お前な、さすがに五人同時はどーかと思うよ。オレ」

 そー思うなら止めろよ師村!!

「ぼく。暁人さまのこと大好き。キスだって上手だし、ぼくことを大切にしてくれる。でもね、ぼくのことを抱いてくれないの。きっと、ぼくに女としての魅力が無いからないんだ」

 両手で顔を覆った稟が、いきなりシクシク泣き出した。

 そんな事無い。

 そんな事無いよ稟。

 ほんとに大変なんだ。

 我慢の限界だよ。

 ボクの忍耐力を誉めて欲しい。

 いまも、いつも明るい稟の泣き顔に、胸がきゅ~としてる。

 できれば、いますぐ抱きしめたい。


「アタイも、キスをされたことない!!」

 じとーっとした熱い視線を河童小娘かっぱこむすめが送って来た。

 いや、あのね。

 さすがに小学五年生にしか見えないお前に、キスはできないよ。

 って、その先なんて絶対無理。

「わらわに接吻をしたのに、鬼娘とも接吻をしたのかや!?」


 え、いや、ほら、稟とのキスは挨拶みたいなものだし。


 深い意味は、その余り無いかな~と。

「もしや、わらわのきずが問題なのかや?」

「いや違う」

「わらわの肌が、瑠璃姉みたいにキレイなら良かったのじゃな」



 あ~、あ~、あ~、あ~



 見る間に涙目になっちゃったよ。

 情緒不安定すぎるよ、みんな。

 熟成したグリフォン肉って、なんか変な成分でも湧いてんじゃないの?

「暁人くん⋯⋯」

 上樹先輩、そんなに凄まないで!!

「わらわが先じゃ」

「アタイ!!」

「ジャンケン」

「あたしも参加する!!」

「私も」


 ボクは頭を抱えた。


「そうだアキトに決めてもらおう」

「そうじゃ、それが良い」

「それなら文句は無いわ」

「桐生さん」

「え~、ジャンケンが公平だよ。恨みっこ無しだし」

「さあアキト。誰を選ぶの!?」


 女だ。


 濃密で、濃厚な女の匂いが、津波のように押し寄せて来た。

「さあ」

「さあ」

「さあ」

「さあ」

 勘弁してくれ!!

「もうし!!」


 この耳障りなバリトンボイス。



 天の助けだ!!



 ♠




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