第7話 愛しのアンジェリカ!!


 ♠



 ハァァァァァァァァァァ



 ボクは深いため息を吐いた。

 心底怖かった。

 こんな恐怖体験は二度とごめんだ。

 正直、グリフォンの方が可愛く想える。

 あの時は琥珀さまがいて、河童小娘がいて、コンシェルジュさんに赤鬼さんまで居てくれた。

 でも、今回はたった一人で殺人鬼を相手にしなきゃならなかったんだ。

 こんな恐いことはない。


「これは何だ桐生きりゅう・ローレンス・暁人あきと!!」

 ジークベルトが怒鳴った。

 あ、喋ることは出来るのね。

「フォースフィールドだよ」

力場りきばシールドだと、罠を張っていたのか卑怯者め」

 殺人鬼を相手に卑怯もクソもない気がするが。

「あんたみたいな殺人鬼を相手に、真っ当な勝負なんて出来るものが」

「殺人鬼だと!? 身供みどもの何を貴様が知る」

「幾つもの世界を渡り歩いて、人を殺しまくってるだろう」


 ふふん


 と、また鼻で笑われた。

 なにかと嫌味な生首野郎だ。

「何の事情も知らぬ輩の言葉を鵜呑うのみにしおって。だから貴様は馬鹿なのだ」

 なんだと!!


 ムカムカムカ~


「身供が殺した連中は死んで当然の悪党供よ。それも貴様が言うが如く夜討よう朝駆あさがけなどしておらん。正々堂々の決闘の果てに討ち果たしておるからな。決闘を拒絶した者には、卑怯者の烙印を押し、尻をけ上げて追い返したわ」


 なんか偉そうに宣ってるけど、世間じゃそれを殺人と傷害って言うんです。


 ちょっと待て。


 死んで当然の悪党ばかりって言ったよな。

 ボクが何をした?

「お前に聞きたいことは山ほどある」

「ふん、何でも訊くが良い。いまの身供は俎上そじょうの鯉よ」

「ボクがお前に何をした?」



 あ、眼を逸らした。



「言えよジークベルト。ボクがお前に何をした。ボクには、それを訊く権利がある。お前は初対面のボクに剣を突きつけ命を狙った。その理由を知りたい」

 ジークベルトの逸らした眼を、



 ジーーーーーッ



 と、睨みつけたボクに、

「それを答える前に身供から質問がある」

「なんだ」

「その剣をどこで手に入れた?」

 どこで手に入れたって。

「貰ったのさ」

 正確には違うけど、まあ間違いではないよね。

「貰った、貰っただと⋯⋯」

 なんか知らないけど絶句してる。

「貴様は、どこまでも身供を惨めにする」


 何を言ってる?


「我が愛しのアンジェリカを奪い。いま再び身供が求めてやまぬオリハルコンの剣まで手にしおって⋯⋯、どこまでも幸運に恵まれたヤツめ」


 なに?


 我が愛しのアンジェリカ。


 我が愛しのアンジェリカって言ったよね。


 へ?


 なに?


 アンジェリカの元カレなの、この生首。

「え~っと、あ~っと、あの何か誤解があるといけないから説明したいんですけど」


「なんだ!!」


「ボクとアンジェリカの間にはなにも無いんです」

 実際に何も無い。

 確かに見初められてはいる。

 それは感じる。

 アンジェリカは、おおっぴらに愛情表現をして来るし、琥珀さまなんかと違ってすんごく分かりやすい。

 でも、何もない。

 そもそも人魚と、どうすればエッチに至るのかボクには全く知識がない。

 した事といえば、偶然その形になったアリエルハグと、食事の時にエプロンを掛けてあげた事と、ご飯を食べさせて上げただけだ。


 他には何もない。


「信じられるか!! そんな戯言ざれごと

 いや信じるも信じないも、本当に何も無いんですってば 。

「確かにアリエルハグの形にはなったけど、それも――」

「アリエルハグだと!!」

「えっ、あ、はい」

「身供がどれほど頑張ろうと、絶対に出来ないアリエルハグをしたというのか⋯⋯」

 まあ、確かに片手で自分の頭を抱えて、アンジェリカをアリエルハグするのは無理だと想う。


 あ~ぁ、怒りに打ち震えてるよ。


「その上、誰かにオリハルコンの剣を貰ったと言うのか!!」

「えっ、はい」

「どこの馬鹿が惑星ひとつと同等の価値があるオリハルコンの剣を、貴様ごときに渡すというのだ」


 惑星!?


 惑星ひとつ分の価値。



 えええぇぇぇぇぇぇ!?



 ボクはしげしげと織波瑠魂オリハルコンの刀を見つめた。

 このくすんだ銀色の刀が、惑星ひとつと同等の価値があるの!?


 嘘でしょ~


 これで織波瑠魂三十パーセントの含有量だから、あの百パーセント純織波瑠魂の結晶の価値って、どれくらいなんだろう。

 考えると、ちょっと恐い。


 赤鬼さん、太っ腹すぎでしょう。



 ♠



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