第3話「魔法」

 


 その日の夕食は数時間前に食べたパンやスープに加え赤色の野菜、それと巨大な何かの骨つき肉だった。


 肉汁が滴り、油の焼ける匂いにつられ腹の虫が鳴る。


「右の腕は使うんじゃないぞ。安静にしておけばひと月で治る」


「はい……」


 固定された右手首を見ながら悪戯な笑みを浮かべるスカイン。


 俺は、ただただ情けない気持ちで力なくパンに噛り付いた。


「逃げようにも、ここがどんな場所か分からないだろう。諦めろ」


「……」


 スカインの言う事はもっともで、あの時運良く逃げられたとしても俺には町のある場所なんて分からないし、第一に、町があるかどうかさえ知らない。


 痛い目を見て冷静になった今だから分かる。


 部屋の隅に置かれた斧は、持ち手の部分が折れてしまっている。


「あの、スミマセン。斧を壊してしまって」


「ああ、斧の事は気にしなくていい。むしろ俺は〝魔力纏い〟もできない体で、あの斧が持てた事に驚いているくらいだ」


 心なしか、昼間の時に比べスカインが優しいように感じる。


 逃亡を企て、斧を振るって手に怪我をし、その斧を折ってしまったのにだ。


「どうした? 食欲ないのか?」


 骨つき肉に豪快にかぶりつくスカイン。

 俺は俯きながら答える。


「スカインさんはなんで俺にこんな親切にしてくれるんだろうなって……いや、俺にというより、この体の本当の持ち主の親なんだから当然ですよね」


 中身は違っても、俺とスカインは今まで一緒に暮らしていた。


 親切に――それこそ家族のように接してくれるのは当然かもしれないが。


「はっきり言うが、お前があの壁から抜けられなかった時点で俺は入れ替わりを完全に信用した。俺はお前の事を赤の他人だと思っているよ」


 酒瓶を口につけ、持つ手の指だけ俺の方へと向ける。


「だから俺はお前に興味がある。もともと前のお前とも何の繋がりもない、赤の他人だったわけだけどな」


「そう、なんですか」


 思っていたよりも複雑な事情があるようだ。


 これ以上は何も聞くまい。


 スカインは酒を一気に飲み干すと、真剣な眼差しでさらに続けた。


「もしもお前が結界を抜けられたら、俺も一緒に元の世界に戻る方法を探してやってもいい」


「本当ですか?!」


 無言で右手を上下させ〝座れ〟と促すスカイン。

 数時間前までは外に出さないと忠告してきたのに、どういう風の吹き回しだろうか。


「俺の心変わりの理由は……そうだな。時が来れば分かるだろう。それよりも、壁は物理的な衝撃では壊れない、魔力をうまく操る必要がある」


 向こうの世界で就寝前に妄想していた魔法を、こっちではマジ使わなければならないのか。


 負傷した手が別の意味で疼く。


「どうすればうまく操ることができるようになりますか?」


 右手首を抑えながら問う俺に、スカインは棚に置いてある本を浮かしてみせ、机の上に移動させる。


「とりあえずはこの〝基本魔法知識〟を読んでみろ。時間があったら他の四冊も読んでみるといい」


 スカインに渡された本は、

 漫画の単行本一冊くらいの厚さの本だった。


 ページをめくってみると様々な記号や絵も載っており、なんとなく分かりやすく書かれているようにも思える。


 しかし――


「いや、まずこの文字が読めないんですが」


 スカインの話にもあったように、彼の言葉は日本語ではなく〝オーヘルハイブ語〟である。


 つまり、この本に記されているのもオーヘルハイブ語であると予想がつく。


 会話はできるが文字は読めないか。


「ではまず文字を読むことからだな。こっちの本から読むといい」


「先は長い……か」


 渡されたもう一冊を手に取りながら、

 俺はため息を吐かずにはいられなかった。




*****




 不思議な現象に見舞われてからすでに一週間。俺は未だに、家の外へ出ることができずにいる。


 腕の調子はすこぶるよく、スカインはひと月と言っていたが、この調子ならあと一週間もすれば普通に動かせそうだ。


「体内にある魔力を意識し、それを体の中で動かす感覚を覚え……」


 今は日課となっている読書のおかげで、俺はこの世界についての歴史や魔法についての知識を蓄えることができている。


 スカインの家に置いてある本は全部で五冊。


『三闘戦争物語』

・世界の歴史が分かる昔話。


『オーヘルハイブ語であそぼう』

『基本魔法知識 Ⅰ』

・学校の教本に近い。


『魔物の生態図鑑』

・かなり分厚く、魔物とやらの生態についてが事細かに記されている。


『オーヘルハイブの地図』

・大きな世界地図が付いている本、各ページ毎で道の名前や集落について書かれている。


 なぜ本のタイトルが読めてるのかというと、俺はすでに『オーヘルハイブ語であそぼう』を読破しているからである。


 以前の俺では考えられない事だが、どうやらこの体の持ち主はかなり頭が良かったらしく、本を読んでから数日でこの世界の共通言語をマスターしてしまった。


 あるいは、元々の持ち主の記憶が引き継がれているのか……それはわからない。


 そして今読んでいるのは基本魔法知識の本。


 これは魔法が使えるようになるための知識と、使えるようになった後の訓練方法などが書かれていた。


 俺は教本に習って、腹の奥にある〝何か〟を移動させていくイメージを練っていき、指先に集中した。



「指先に移動させ唱えましょう……『照らす光』」



 書かれてある通りに〝呪文〟を唱え自分の指先を見てみると、ペンライト程の光が部屋を照らしていた。


「これが、魔法?」


 あっさり使えた。


 使えてしまった。


 明らかに非現実的な現象を、

 自分自身の手で起こしてしまった。


「はは……は、」


 微かな喜びは束の間、

 深い絶望感に襲われる。


 まるで日本とは違う世界。

 魔法が使えたという事実。


 すでに薄々は諦めていたものの、今はっきりと俺の中の小さな希望の灯火が消えたのを感じたのだった。




*****




 それから更に一週間後。


 スカインは少し驚いたような表情を見せ、手に持っていた骨つき肉を皿に置いた。


「『進む時間』発動のコツって言ったか?」


「うん。他の生活魔法は一通り覚えられたけど、進む時間を含む三つの生活魔法だけ激ムズで」


 ほぼ毎日出される赤色の野菜を口の中に放り込みながら、スカインの返答を待つ。


 二週間一緒に暮らしている中で遠回しに敬語は不要だと言われたため、赤の他人の年上にもタメ口スタイルになっている。


「〝進む時間〟〝戻る時間〟〝止まる時間〟この三つは生活魔法の中でも特に会得が困難とされる高度な魔法だ」


 スカインは何かを考えるそぶりを見せながらも、再び骨つき肉にかぶりつく。


「これは一般的に〝生物〟には使えない。対象とするなら調理用品がいいだろう、お前も俺の『進む時間』は毎日見ているだろう?」


 どうやらこの『進む時間』は、勝手に料理へと変わっていく野菜や肉に掛けられていた魔法らしい。


 なるほど。本にある通りに試すよりも、完成後の料理を想像して魔法を掛ければ上手くいくかもしれない。


 と、なればだ。


「今日の食器洗いは俺に任せてくれ」


「……いいとも」


 そして食事後、テーブルにそのままとなっている食器に集中し、まず最初の魔法を掛ける。


 腹の奥に渦巻く〝魔力〟を右手に集めるイメージ。

 そして押し出すイメージ。

 皿が宙に浮かぶイメージ。


「『浮かぶ荷』」


 魔法の詠唱がトリガーとなり、右手に溜められていた魔力が皿達へと飛んでいく。


 魔力に包まれた皿達が〝コトッ〟と動いたかと思えば、それらがゆっくりと宙に浮いた。


「ほう……」


「次、洗うための『来たれ水』」


 どこか感心するようなスカインの声を背中に受けながら、俺は左の手で、桶の上に水溜りを出現させる。


 浮かぶ荷は込める魔力にも既存するが、重さや個数は自由に変えられる。引越しの時などは特に便利だと思う。


 『来たれ水』は魔力から水を生み出す、生活には必須の魔法。飲み水もこれで解決。


「最後、『進む時間』」


 頭の中でイメージしたその風景をそのまま皿達に〝指示〟すると、皿達は自ら水溜りの中に入っていき、その汚れを洗い落としていった。


 大丈夫そうだな。成功した。


「……先に『清める光』を使うと思っていたんだけどな。まさか複合魔法を見せられるとは」


「こっちの風景の方が見慣れてたからイメージしやすかった」


 スカインの言う『清める光』も生活魔法の一つで、いわゆる掃除魔法だ。


 服が汚れたり体が汚れたら『清める光』で綺麗にするのが一般的。それは皿洗いにも同じ事が言える。


 この皿洗いは、なにも単純にスカインの仕事を手伝ったわけではない。


 基本魔法知識の本に記載された〝生活魔法〟とその応用、最後に覚える〝複合魔法〟を披露した事で「俺はあの本を読破した」と証明できる。


「他の本はどうした?」


「昨日読み終わったよ。〝王国〟までなら迷わず行ける……はず」


 分厚すぎる魔物の生態図鑑以外は――と付け加えておきたい。あれは情報量が多すぎて読む気になれない。


 俺の返答にスカインは「そうか」と考えたのち、俺の右手を強く掴んだ。


「半月で骨折・・が治る……か」


「え? 俺の腕折れてたの?」


 貧弱すぎるだろ。


 とはいえ腕の骨折が半月で治るのは異常である。スカインが何かしらの魔法を使ってくれたのだとは思うが。


「気が変わった。明日からは俺と一緒に外へ出てもらう」


「え、まじ?」


「だが、常に俺の近くに居てもらう」


 いいな? と、念を押すスカインに、俺は大きく頷いて答えた。


 これでやっと元の世界への手がかりが探せる……と、安易に喜んでいた俺を殴りたいと、今はそう思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!