第2話「保護」

 


 心臓が口から飛び出しそうだった。


 声の主は確実に洞窟から遠ざかっていたはず――しかし、後ろから掛けられた声は森の中に響いていたソレと全く同じものだった。


「まさか〝ロドゥス〟の鼻をあざむく程の〝魔力操作〟ができるとは思わなかったぞ……して、ここで何をしている?」


 よく分からないワードが何個も聞こえたが、この声の主が少年オレを殺した張本人だとすれば当然、マトモな人間じゃない。


 怖すぎて指一本動かせませんが。


「まて、なんだその血は。誰の血なんだ!!」


 動けないでいる俺に対し、

 男性は少し焦ったように声を張り上げた。


「これはその……」




「おい」




 俺の声を聞くなり、

 その男性の声色が変わるのを感じた。


 光に照らされ浮き彫りになった無精髭と、

 獣のような鋭い眼。


 周囲の温度が急激に下がる。




「お前、何者だ?」




*****




 揺れるノッキングチェアの上で、

 俺の顔をまじまじと見つめる初老の男性。


 用意されたお茶をすすりながら、

 俺は自分が知る限りの情報を彼に話した。


 話すべきか迷ったが、俺はこんな訳のわからない状態を共有してくれる味方が欲しかったのかもしれない。


 まるで栓を抜かれた瓶酒のように

 言葉が口から溢れていく。


 俺の話を全て聞き終えた男性は、

 馬鹿にするような笑みを浮かべた。

 

「魔法もなく、魔物もいない世界で死んだ後、神に導かれその体に憑依した……そんな話を誰が信じると思うんだ?」


 しごく当然の反応だった。


 男性の説明を全て鵜呑みにするなら、ここは日本じゃなければ地球ですらない。彼が話している言語も、日本語ではないのだから。




 この世界では火を付けるためにライターやマッチを使わず〝魔力〟を用いて〝火の魔法〟を発動させるのだという。




 俺を落ち着かせるためジョークを言ってるのかと、そう思った。


 魔法、魔力。


 洞窟内で断片的に聞こえていたワード。


 俺の聞き違いでもなければ男性の頭がおかしいわけでもなく、実際にこの世界には存在しているらしい――というより、このように見せつけられては疑いようもない。


「……」


 俺は男性から台所の方へと視線を移し、誰も触っていないにも関わらずリズミカルに躍動やくどうする、食材と調理器具へと向ける。


 野菜は宙に浮く水の玉に洗われ、回転する緑の風によって細切りにされ、火の通った調理器具に踊るように入っていく。


 その向こうでは石釜に入っていたパンがこうばしい匂いを漂わせながら、宙に浮くバスケットの中へと綺麗に並んでいく。


 めちゃくちゃ便利やん。


 そしてこれこそが魔法。


 手品やトリックではなく、正真正銘の魔法だ。


 なにはともあれ、俺の身の上話を聞いていくらか心を開いてくれたのか、男性は深くため息をついた後、両手を組んでこちらに向き直った。


「挨拶が遅れて悪かったな、俺の名前はスカイン。その体の持ち主と一緒に暮らしていた者だ」


 信じてくれたのかは不明だが、どうやら俺とこの少年は別人だというていで話してくれている。


「俺は花文 光太郎カモン コウタロウ年齢は22歳、母が一人、妹が一人……」


 母さん、茜。

 心配しているだろうな。


「カモンねぇ……おっと、ちょうど飯もできたから食った後にまた聞かせてくれ」


 しんみりした雰囲気を察してくれたのか、スカインはテーブルに置かれていた本や小刀を浮かせた。そして、それらは元々置かれていたであろう場所に戻っていく。


 入れ替わるようにやってきた料理がテーブルの上に並び、ナイフとフォークが目の前に降りてくる。


 パンと不思議な色のスープ、それに何かの肉を焼いたもの。


 色々なことがありすぎて空腹など感じていなかったが、緊張が途切れたせいか、肉の匂いにつられ腹の虫が騒ぎ出す。


「腹が減っているところ悪いが、今日はこれだけで我慢してくれ。明日はもっとまともな食事が用意できると思う」


「いえ、これで十分です! いただきます」


 これで文句でも言おうものなら、きっとバチが当たる。あの洞窟でひもじい思いをせずに済んでいるだけ、幸運といえる。


 パンは少しだけ硬く、スープは少し青臭い匂いがする。肉もやや硬いが、こちらは文句なしに美味しい。


 俺はパンをスープでふやかすように浸し、その全てを平らげた。


 味などは関係なく、感謝の気持ちで胸も胃袋もいっぱいだった。スカインは黙ってそれを見守っている。


「ごちそうさまでした」


 手を合わせると、

 スカインは不思議そうに首を傾げ


「……よくわからんが、食べられたならそれでいい」


 と言い、話を再開した。


「お前の話を全て信じたわけじゃないが、昨日まであれほど嫌っていた・・・・・・・・・肉料理を食べる様子を見ていたら、入れ替わりの話は少しだけ信じてやりたくなってきた」


 お茶をすすり、さらに続ける。


「つまりお前は、その体の持ち主と入れ替わった別の人格と考えていいんだな?」


「入れ替わったというより、前の人格が砕けて無くなったから、俺が代わりに入れられたみたいです」


 あの男の言葉が本当ならば、前の人格――要は魂だが、それは砕けたと言っていた。


 もしもこれが入れ替わりだとすれば、あっちの世界の俺には、この体の持ち主が入っているということになる。


 死んでいないだけマシと言えるが、

 それはそれで気味が悪い。


「とはいえ、ますますお前をこの場所から出すわけにはいかなかくなったな。金輪際こんりんざい、お前がこの家から出るのを禁止する」


「出るのを禁止?」


 思わず聞き返していた。


 恩人とはいえ監禁される筋合いはない――外が危なかろうと、俺は元いた世界に帰らなければならないのだから。


 茜はまだ大学生だし、就職もこの後に控えている大事な時期だ。母さんは長年の無理がたたって通院生活だ。


 稼ぎは少ないとはいえ、俺が二人を支えなければいけない。


「そういうわけだ、俺はまた狩りに出かけてくる。お前はおとなしく本棚にある物でも読んで過ごせ」


「ちょ、ちょっと!」


 慌てる俺には目もくれず、木の扉を押し開けて外に出ていくスカインが声を張り上げる。


「ダメだ。いいか? いくらを越えられるようになったからってな、家の外にいる魔物にお前は到底……」


 人の住む町に行けばなにか手がかりが見つかるだろう……俺はスカインの話もよく聞かぬまま後ろを追いかけ――



「っで!!」



 見えない何かに阻まれ、家の中へとはじき返された。


「は? え?」


 まるでガラスにでも突っ込んだような感覚。それでいて、その見えないガラスは押しても叩いても割れそうにない。


 訝しげに眺めていたスカインが、俺の方へと戻ってくる。


「なにを馬鹿な……? いやまて、そういえばお前から体外魔力を全然感じられないぞ?」


「魔力なんて、どんな物なのかもわからないし」


「……なるほどな」


 スカインはそう言い残し、次は振り返ることもなくスタスタと森の方へと歩いて行った。


 扉の向こうに見えるのは、森に向かって歩くスカインの背中。

 しかし追いかけようにも、見えない何かに阻まれ出ることができない。


「くっそなんだこれ」


 まるで壁だ。

 蹴ってもビクともしない。


「破壊するもの破壊するもの……何かないのか? 一分一秒も惜しいってのに」


 ふと部屋の隅に、薪割り用の斧が置いてあるのを見つける。


 かなり重そうだったが、持ってみるとなんてことはない。子供の筋力でも持てる斧ということは、この少年用の斧だったのかもしれないな。


 その斧を手に取り、見えない何かの前で大きく振りかぶった。


 親切にしてくれたスカインの事は感謝してる。けど俺は一刻も早く戻らなきゃいけないんだよ、二人のもとに。

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