ラストナンバー ―俺と魔法の物語―

ながワサビ64

プロローグ

 


 しんしんと降る雪が

 夜道を白へと染めていく。


 木々には光がいくつも灯っており、

 道行く男女は身を寄せ合いながら、

 その特別な日を静かに過ごしている。


 紙袋を持つ手に息をかけ、頭に積もった雪を軽く払いながら自宅の玄関をくぐった。


「お兄ちゃん、こんな時間まで仕事だったの?! 今日だけは早く帰って来てねって言ったのに!」


 帰るなり飛んでくる怒号。


 見れば、手編みのセーターを着た二才年下の妹がものすごい形相でこちらを睨んでいた。


「会社に飼いならされた家畜のような社員たち、これなーんだ?」


「社畜!」


「うるせえ」


 今日がどんな日なのかを忘れたわけではない。


 右手に持つ紙袋を見せながら、今にも罵倒ついげきしてきそうな妹にはにかんでみせる。


 わずかな沈黙の後、


「……風邪引いちゃうから早くあがって、お風呂湧いてるから」


 怒る気も失せたのか、半ば諦めたように溜め息を吐きながら、妹はトボトボと居間へ歩いていった。




*****




 風呂から上がり、妹とお揃いのセーターに着替えた俺は、居間に向かう前に仏壇に手を合わせる。


 父が行方不明――いや、死んでから今日でちょうど八年が経つ。


 あの日から今日までつらいことは沢山あったけど、母と妹の三人でなんとかやってきた。


 相変わらず貧乏ではあるが、

 今はそれなりに幸せだ。


「お兄ちゃん……いるの?」


 襖の奥から声がする。

 すでに先ほどまでの剣幕は消え、

 俺を心配するような声色に変わっていた。


「悪い、もうちょっとしたら行くわ」


「うん……」


 とても短い会話だった。

 線香の煙が漂う部屋に、再び訪れる静寂。


 もう一度俺は目を閉じる。


 行方不明になった父を死者として扱うまでに、気持ちの整理に時間がかかった。


 野心家で欲深く、正義感が強く、

 いつも冗談ばかり言う人だった。


 仕事にのめり込み、

 ろくすっぽ家にも帰らず、

 いつも家族は二の次。


 事件は突然。


 もともと一週間に一度帰ってくるかどうかだった父だが、一ヶ月経っても帰って来ず、警察に届け出たものの結局八年経った今も行方不明。


 人としてはいい人だったけど、

 いい父親だとは思わなかった。

 その気持ちは八年経った今でも変わらない。


 線香が半分まで燃え進むまで、

 俺は仏壇の前で手を合わせていた。

 


*****



「メリークリスマス、お兄ちゃん!」


「メリークリスマス、あかね。なんだ、えらく美味そうな匂いがするな。出前でも取ったの?」


「いや手作りだから」


 居間へ戻った俺に、満面の笑みを浮かべた茜が声をかけた。頭にとんがり帽子なんかかぶっている。


「おかーさんお兄ちゃん来たよ! そろそろご飯並べてもいいんじゃない?」


「まだだーめ! 本当に茜は食いしん坊なんだから」


「えへへ」


 ドタバタと騒がしく動き回る茜のセーターを直してやりながら、台所にいる母が微笑む。


 俺が仕事に行っている間に家の中は折り紙や光る星によって飾りつけされており、テレビの横に小さなクリスマスツリーが立っている。


 中央に置かれたテーブルには食器が置かれ、お洒落なテーブルクロスが敷かれていた。


「お兄ちゃんは座ってていいよ!」


「ん? おう」


 茜の言葉に甘えしばらく席でテレビを見ていると、「じゃじゃーん!」という声と共に料理の数々が運ばれて来た。


 どれもこれも手が込んでいる。


 茜は料理ができないから、

 全部母が作ったのだろう。


 しかし――その中に一つだけ、イカ墨にでも漬けたかのような塊が、異様な雰囲気を放ちながら俺の皿の上に鎮座しているのが見えた。


 思わずソレを指差しながら母に声をかける。


「母さん、なんか一個だけすごいのがあるんだけど」


「ああ、それは……」


「わ・た・しが作ったパンだよ!」


 薄々気づいていたが、茜が作った料理らしい。食べ物ではなく観賞用だろう。


「そうか、じゃあわたしが食べてくれ」


「おい」


 料理が下手とかいう次元じゃない

 発がん性物質の塊じゃねえか。


「これをパンと認めたら、過去俺に食われてきたパン達に顔向けできない」


「胃に入ったら一緒だよ」


「豪華な手料理を前にして言うのかそれを」


「うふふ……」


 和みの時間。


 八年目にしてやっと、クリスマスを父の命日としてでなく過ごす事ができていた――はずだった。




*****




「おかーさん、お兄ちゃんと散歩行ってくるね!」


「散歩? いいけど、早めに戻ってくるのよ? 光太郎こうたろうはお風呂から出たばかりだし、風邪ひかないようにね」


「わかってるって」


 俺たち二人が散歩に行くと言い出したのを、母は怪訝そうな顔を見せつつも、すんなり許可してくれた。


 俺はダウンジャケットを羽織り、茜と一緒に外へ出る。


 外は相変わらず雪景色が広がっており、隣の家の玄関前には小さな雪だるまが作ってあった。


 とてとてと歩く茜は俺の前で振り返り、白い息を漏らしながら笑みを浮かべた。


「まさかホワイトクリスマスになるとはねー! 目の前にいるのがお兄ちゃんじゃなくて彼氏だったらロマンチックだったのにな」


「言っておくけど、それ去年も聞いたからな」


 普段通りの他愛ない会話をしながら家の目と鼻の先にある公園まで歩き、俺は隠し持っていた紙袋を取り出した。


「母さんへのプレゼント。茜みたく手作りをお返しとはいかなかったけど、それなりに良いもの買ってきたよ」


 母に見られるわけにはいかなかったので、先にお互いのプレゼントを確認するため外に出てきてたのだった。


 「どれどれ」と言いながら茜は紙袋を覗き込み、中に入っていた手袋を見て俺の方へと向き直る。


「これErimiroエリミロのやつじゃん! おかーさん絶対喜ぶよ!」


「いやいや、俺は茜の手作りマフラーの方が喜ぶと思うな」


 母に贈るプレゼントを見せ合いながら、母の喜ぶ顔を想像し、二人で笑みをこぼし合う。


 いわゆるサプライズプレゼントというやつだ。


 Erimiroは高級ブランドであるため普段お世話になることはないが、今回ばかりは奮発したかったのだ。


「それじゃあ戻って渡そうよ! 早く温まりたいし!」


「そうだ……な?」



 プレゼントを紙袋にしまった直後――



 胸のあたりに、違和感を覚えた。



「そうだお兄ちゃ…………え?」


 振り返る茜の表情は、固まっていた。


 突如襲ってきた灼熱の痛みに耐えきれず胸元を押さえた俺は――胸に大きな穴が空いている事に、そこで初めて気が付いた。



「は?」



 止めどなく流れる血が地面の雪を真っ赤に染めていく。とても立っていられず、たまらずそこに倒れこむ。


「え……おに、お兄ちゃん?! なんで、なにこれ? なんなのッ?!」


 胸に空いた風穴は、ピストルの弾丸とかそんな大きさではなく、拳程の大きさだった。


 痛い、死ぬほど痛い。


 原因は分からない。


 周りに茜以外の人は居ないようで、茜の助けを呼ぶ声が虚しく夜の街にこだまするだけ。


「ち、血が、私、誰か……」


 もう、痛みや雪の冷たさも、なにも感じなくなっている。


 言葉を発せるはずもなく、動揺し泣きじゃくる茜の顔をただ見つめることしかできなかった。


 ダメだ……意識が……


 朦朧とする意識の中で、手元に転がる赤の手袋が見えた。




 母さんの喜ぶ顔、見たかったな

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