フォリオの神は王都ばかりでなく、周辺の地域をも治める神らしい。


 頭上に蛇と月桂樹の冠をいただいた像が、二対のぞう眼された紅と蒼の瞳で、祭壇からリオンを見下ろしていた。


 教会の暗がりの中に太陽光を投射した色ガラスが、繊細な色彩を天井から落としこみ、無限の宇宙空間を現出させている。


 その光を見つめていると、いっそう深い闇の中に己を見、その蒼、緋、黄、金、紫、白の描く神秘の世界に浮遊する。


 不思議な高揚をさそう空間なのであった。


 目が慣れてくると、神像の脇の暗がりから軽やかなドレープのマントが現れた。


 聴聞師である。かれらは二人そろってフォリオの神の使いたりえる。


「告解なさい」


「誓いをささげなされ」


 やせぎすの聴聞師と、かんろくたっぷりの聴聞師がいった。


 二人はリオンの前に彫像のように立ち、聴聞室をさししめす。


「告解なんてないよ」


 リオンの意思など関係ないようだ。


「なにかあるはずです」


「言わねば戦いにて傷つくでしょう」


 ゆっくりと歩みよってき、二人は脅迫めいてささやいた。


「おいいなさい!」


「さあ、いうのですっ」


 二人はつめよって、リオンをたじろがせた。


「そんなこといったって、ないものはない」


「ある! その顔は苦悶している」


「してないよ」


「つらい恋をしているっ」


「う……っ、そ、それは……」


 いいごもったのがいけない。二人はすぐさま両脇からリオンを引き連れて、暗い密室に放りこんでしまった。


「………………」


 リオンは今までにあったことを思い返した。


「そういえば、この気持ちが恋なのかもまだわからないんだ……」


 ヴェール越しの窓から、聴聞師二人が鼻面をつきあわせて耳を寄せている。


 しかしリオンの側からは見えないので、彼は生まれて初めての告解などというものをした。


「苦しく、息もできない。いま彼を想うと」


『彼っ!』


『男性が相手なのですか?』


「そうだよ。でも友情かもしれない」


 ほうーっ、と吐息が窓の向こうから聞こえてきた。


「この辺じゃ、同性は恋したらだめなのかい」


『いいい、いやっ』


 慌てた声は確か、痩せた方の聴聞師だ。


 かんろくある声が厳かに言った。


『フォリオの神には、それは答えられない』


「恋ってだいたい、なんなんだよ」


 リオンは本音を吐いた。


『そりゃあ、くるしーいものさ』


『いやいや、楽しくってうかれちまうものさ』


 とたんにくだけた聴聞師の口調が、わりと親身になってくれているようだ。


『身も世もなくなっちまって、真夜中にガーッと起き出して、いつのまにか叫んで走り出しちまう。月を恨んだり、太陽をにらんだり』


『風がふくたんびにあの娘を想うと、花も木もみんな幸福の象徴に見えるんだ。風呂に入る回数が増えたり、香水をつけたり』


「どっちなのかよくわからないな……俺には、まだ理解するのは難しいのかもしれない」


『そんなことはない。恋をすれば苦しいものさ』


『いやいや、鼻歌歌うほど人生がバラ色になるんだ』


「理解しようとするのは間違いかもしれないな。とにかく俺は彼のことが欲しいんだ。俺のことだけ考えていて欲しくてたまらない」


『それは独占欲だ。恋の始まりだ』


『欲望にしたがうのは正しくない。相手を尊重せねば』


「これは、俺の中だけの想いだ。だから告げる気はないよ。ただ……」


『『ただっ?』』


 聴聞師二人が声をそろえた。


「いや、ぜんぶ話すのはやめた。自分でなんとかしたいからね」


 軽い衣ずれが聞こえ、聴聞師たちはいっきに脱力したらしい。


 二人は聖堂から去っていったリオンを見送りながら、つぶやいた。


「頭へいきなのか? あのぼうやは」


「いや、青春のあやまちだな、多分」


「ぜったいどうにもならないぞ、あれは」


「ここもおはらい箱かな、俺たち」


 やせてとがった肩の聴聞師が相棒をこづいた。


「なにが悲しくて、旅の僧侶のまねなんか……おまえがあれこれうるさいからだぞ」


 かっぷくのいい腕をふりまわしてふりはらい、これまた謎の聴聞師は相方に反駁した。


「女房じゃあるまいし、いまさら文句をたれるな」


「俺よりやせた伴侶なぞはいやだな、おい」


「俺だって自分より太った女はいやだっ」


 短い腕をふりまわしながら、彼もいいかえす。


 冷静に皮肉るのは、とんがったほう。


「女が太るのはいいだろう。やせているのはみっともない。おまえは女房よりも食いそうだが」


「おまえこそそういうが、女房につぶされたらどうするんだ、肝心のとき」


 眉をよせてつばきを飛ばし合う二人。


「俺のぶんまでおまえが食うんだからだめだ。当分、こちらは骨と皮だけだ」


「偏食してやがるから、俺がひきうけてやってるんだろうが、ええっ」


「俺の好きなものばっかり横取りするくせに。なぜか女まで」


「しかし……」


 もう一度、リオンの去った方を見て、二人ともため息。


「男か……」


 そして互いの姿を見回して、思わず硬直した。


 今日のうちにかれらは荷をまとめて、聖堂を出るはずである……多分、きっと。そうだ。

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双月の闇一千年 水木レナ @rena-rena

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