第十八話そして少年は騎士となる


 それは、晴れた日の吉日が選ばれた。


 花びらの浮かべられた湯に浸かってから、リオンは人々の集う式の場に出た。


 敷きつめられた絨毯に、紅い花弁がまき散らされ、灰色の毛皮を着せられた。


 今度ばかりは、女装でもなければおかしすぎるかっこうでもない。


 だが……着なれないものは仕方がない。


 なにせ足首まであったのだ。


 リオンには長すぎる、毛皮のマントをその場で裂いたら、会場から悲鳴があがった。


 若い男の声だった。



「そそ、それはっ! あんまりでごぜえますだ! 騎士の象徴であるマントを、切り裂いてしまいなさるなんて!」



 懐かしい響きだが、この地方の訛りが混在していた。


 その言葉に、リオンは眉をしかめた。



「長々しいのは嫌いだ。自分でどうにかしてはいけないのならば、邪魔なマントなぞ、よこさなければいい」



 男はあわをくっている。彼は被り物を目深にかぶっており、やぼったい風体。


 どうやら城に住む農夫らしかった。



「じゃまだなんて! そいつをひらめかせ、なびかせるから騎士なんであって……っ」



「そんな妙な趣味は俺にはない! 押しつけようっていうんなら、かわりに着せてやるぞ」



 わけのわからない脅し文句だった。


 好みにはうるさいらしい。


 真っ正直にそう言ったかと思うと、そばにいた男から取り上げたナイフを放り投げた。


 城主の手が、そんなリオンの首根を、力いっぱい殴りつけた。



「……なにするんです!」



 つんのめったリオンは絨毯をなめた。


 怒った彼は、たった今手に入れた剣を腰から引きぬくと、城主の鼻先にぴたりとあてた。


 だが、神聖な儀式の最中だ。取り押さえられてしまった。



「いきなり、なんだっ。なんで俺がなぐられなきゃならないっ」

 

 

 先ほどの農夫が叫びかえした。



「待ちなせえ! これは、騎士ならだれでも通るしきたりで、なんの怒るということも、ありゃしやせんっ」



 止めてくれる者がなかったら、リオンは華々しい儀式の場で、城主を斬り殺していたところだった。――農夫が、暴れるリオンを押さえつけてくれなければ。



「なんだって! 俺はあやうく鼻の骨を折るところだったんだぞ。こんなしきたりなんぞを決めた奴は呪われろっ」



 リオンの剣幕に、周囲はどよめいた。


 羽交い絞めされたまま、蹴りを狙う彼の足が、空中をまださまよっている。



「こんなバカげたことを始めたやつには、悪いことでもあるがいいんだっ」



 毒づくと、リオンは唾を吐いた。


 これには城内が爆笑して、おさまりがつかなくなってしまった。



「……! なんたることを」



 もともと気の荒いところのあるリオンである。暴れて手がつけられそうにない。



「だまるがよい。これはただの通過儀礼。ちゃんとした騎士になるためには、必要なことなのだ」



「俺は、一人前の騎士になる前に、床の味を知ったんだ! これが笑って許せるかッ」



 一瞬、場内はわけのわからない緊張に満ちた。


 しかし、表に出てからがまだまだ、大変だったのだ。


 城の外庭には、マントを着せられた白い馬がいた。



「おお、頼もしい若者よ。よしよし、では次に武装したまま騎乗するのだ」

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