第十六話リカオン城主

 表情の凍りついた姉、アリーシャその人が動きを止めた。


「リ、リオ……ナ――?」


 彼女の瞳は驚きに瞬いた。リオンは身体をひらいて主張する。


「リオナじゃない。リオン、俺はリオン――だっ!」


 被り物をとって、短く刈った頭髪を見せる。さらりとこぼれた前髪は白い輪郭を縁どっている。陰影が彼をやや精悍に見せた。


 対面した二つの顔は瓜二つであるがゆえに――それらが異質のものであると主張していた。


 アリーシャは、紅い唇をわななかせた。その姿は、紅の華のよう。


 初めて、リオンの瞳が激しく燃え、気迫をこめて輝く。


「俺は……男です。妹じゃない!」


 今までの屈託を押し流す、力強いまなざしだった。


 チャンプが、それを真正面から受け止めていたなら、とうに気がついていただろう。リオンが新しい人生に踏みだし、自らきりひらこうとしていることに。


 だれかが硬質の音をさせて、横になっていた陶磁器を縦にした。城主だ。


 後方で従者に言いつけているのが聞こえる。


 青年の手が震えるリオンの腕をとらえたが、とっさに振りほどく。


 アリーシャが口を開いた。目立った変化はみられない声だった。


「私はどちらでもかまわないわ。リオナ、いいえリオン? 私の血をわけたきょうだいですもの」


 毅然として彼女は言ったのだ。リオンは初めて彼女を愛せると感じ、誇らしかった。


「どうだ! 俺はこのままで平気だ。これが、俺自身なんだ。俺が俺を知っているんだ。このままでいいんだ……! このままで!」


 リオンは、青年を真っ向から見つめた。


 チャンプは、視線を伏せた。リオンの目からあふれる光を直視できなかった。彼は自分の腕を片手で抱き、歯噛みした。


 リオンは、大きなものを抱えてがけっぷちに立っている。


 だがそれは、彼を支えてもいる。そこに踏みとどまっているだけの理由になる、なにかがまだこの世にはあった。


 それが、何かはわからないがそのことがリオンを強くする。青年にもわかったのだ。


「それはそうと」


 城主がしゃしゃり出た。


「私に会いにくると言っていたのは、そちらの君かね。アリーシャがリオナと呼んだ君、リオン君?」


 思い出したかのような言い方だった。


 先ほどの腹立ちを隠せないままのリオンは容易に振り返ることができない。城主の言葉に、上乗せされた憎悪で身を震わせた。青年がいたわるようにその肩に触れた。息をつめてリオンはふりかえった。


「そうです。俺がティユーの息子です」


「むすこ……」


 妖しく目を光らせて、城主はリオンに近づいた。


 チャンプが蒼ざめてその前に立ちふさがる。


 しかし、かまわず城主は乗り出て、底知れぬ笑みでリオンをいざなうように手を差しのべた。


「ようこそ。リカオン城へ」

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