◇
リオンは歓喜の声をあげた。
しかしそれもつかの間、見えてきた領主の館とは荘厳な石造りの居城だった。
「あれは、まるで王の居城じゃないか!」
その偉容は堅牢だった。田舎者のリオンにもわかる。内堀と外堀の境に城壁、および鉄の門扉がそびえている。空高く、城壁の上から見張り役の合図が見えた。
「チャンプ、これはいったい……」
確かに、それは一国をになう一城のかまえ。たとえ暴徒がおしかけても、城壁に傷ひとつつけられないだろう。
「いや、別に珍しくもない。この中では領主のために働く者たちがいて、多くの都市貴族とは一線を画しているんだ」
聞けば、都市貴族とは富裕の商人が政治的権力をにぎり、確立したものだという。
「このあたりまでは貴族もへたに手を出しはしない。王都では別だが」
「あの……その貴族っていうのは、父に関係あるのか?」
リオンはためらいがちに質問を続けた。
「どうして、俺が知らない父のために狙われなくちゃいけないんだ? おかしいじゃないか」
都の事情は、リオンにはよくわからないことだらけだ。
「理屈っぽいな。領主に会えばわかるって」
あくまで言いたくなさそうな青年に、リオンは質問を変えた。
「その領主って、どんな人なんだ?」
これにはチャンプは当惑したように珍妙な顔つきをする。
「説明できるかよ……俺が」
しまった、というそぶりで目をそらしてチャンプ、目の端に陰がさしている。
「俺に言わせようとするな! 会えばわかる」
とうとうそれしか言わなくなった。
リオンはようやく理解した。
彼に尋ねたところで無駄なのだと。
「姉……はここに?」
姉、と言葉にするのにためらいがあったのは間違いない。
どんな人物なのだろうか、アリーシャとは。
「いや、今日はいるかもしれねえな……いつもはつかまえるのが大変なんだが」
チャンプがなぜか嫌そうに首をもたげ、肩のつけ根を抑えている。
「ま、話はそっちからつけてあるんだがな」
いつだったか、リオンを働かせておいて自分は寝ていたはずの青年。彼が何を間違ってそんなことをしてくれたのかは、いまだにわからない。
ただわかるのは、リオンのことを想ってくれたということだけだ。
「いつになったら開くんだ? 城が堅固なのはいいが、融通がきかな過ぎても不便だな」
外堡(がいほう)を通りぬけてから時間がたつ。そう、なかなか降りてこないはね上げ橋に、軽口を言うくらいの余裕がまだあった。リオンには、城主がどんな人物か想像もつかなかったのだ。
冷たく洗練された領主の城は、人々が多く集まっている。使用人の他に農夫も混じっているようだ。
「あれがリオナさまかい?」
「いいや、アリーシャさまじゃないのか」
「いやいやいや、よく似ていらっしゃる」
むかえられたリオンは気恥ずかしくてならなかった。それはそうだ。ことあるごとに女性に間違われてはきたけれど、今はまるっきり女だと思われている。劣等感もわく。
落ち込んでいると、チャンプが離れていく。
リオンは疑問に思って袖を引っ張りかけてやめた。女々しいと思われたくなかった。
「なんで、そっちへ行くんだ? チャンプは」
「しっ……一定以上、近づきすぎるとえらい目にあうんだ」
リオンはびっくりした。えらい目、とは? なんであろう。
その疑問はすぐにとけた。
「アリーシャさまだ」
使用人の一人が言った。
丸いアーチの柱の影から彼女の姿が現れた。
人垣が割れた。静けさが支配するその先に、リオンは姉、アリーシャその人を見た。
「リオナ――?」
しずしずと歩み寄る乙女は、ひだの多い柔らかそうなローブをまとい、編んだ黒髪をその肩に広げている。大胆な黒目がちの瞳が勝気そうに瞬き、ときどき揺れる耳の脇の細いおくれ毛があでやかだ。
アリーシャ。これが姉。
リオンと似ているのは黒髪とこまやかなつくりの容貌。鼻筋はすっきりと輪郭の中に納まっている。あえて主張するならば、その唇の紅さには驚いた。情熱を感じさせる。
リオンもそれに準ずるが、ここまで紅玉のごときではない。
だがなんとしたことか、彼女は男装に身を包んで、リオンたちを迎えたのだ。
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