はたして、木の根元には小柄な体がひっそりとうずくまっていた。チャンプは駆けよって息を整える暇もなくその手をつかんだ。


「そんなに縮みこむなよ。これを飲んでみろ」


 リオンは暗がりにかんばしい香りをかいだ。


「粉……?」


 そのまま飲めと言われても。


「いいから、はやく」


 しかたがない。リオンがほろ苦い褐色の粉末をなめてしまうと、冷たい風が素肌をなでた。


「あっ……」


 けいれんして、硬直した体をチャンプが抱きとめた。


「なに……か、体、が……燃え、る、……っ」


 切ない声が、あえぎと共に彼をひきさらった。


「熱い! どうしてこんな……あ……あっ」


 暴れるリオンをしっかりと青年の腕がとらえてはなさない。


「許せよ、リオン」


 深く口づけられた。前よりも罪深く、残酷なほど甘く。


 リオンの目の前が弾ける。


 素肌を熱く抱きとめる腕がリオンをつなぎとめた。彼の意識は浮遊しかかる。


 体のしんが高熱を持ち、つきあげるような衝動が肉体をさいなんだ。


 それと同時に、まなうらに悲しい思い出がひとりでにうかんでは虚空にとけた。


 嘆きが口をついてほとばしった。 


「俺は神など信じない。いつも祈りは届かず、あの空は悲しい。紅く燃えて、もえて……なぜ今になって思い出す……?」


 あの日も双月が蒼く燃えていた。


「銀色の……咆哮」


 リオンは形のよい眉をしかめてつぶやきをもらした。


「友が死んだとき、母が病に伏せったときも……迷い出た友を追って駆けたときだとて、俺は……祈ったのに。祈っていたのにっ」


 白く目の前がかすむ。リオンは目をさまよわせたが、何も見えない。暗闇だ。


 自分を戒めるなにかが、その腕をとらえている。リオンはそれにすら恐怖を感じ、もがき、あがくことに夢中になっていた。


 意識がそうやって昇りつめた後は、少し寂しい。むなしく全てに背を向けてしまう。


 合わせた体の熱がわざとらしく感じられ、しびれが急激に引く。残るのは虚脱感だけだ。


 チャンプは口づけをやめない。リオンはしびれの残る唇で見えない闇にむかってつぶやき続けていた。なぜ、今頃。と……。


「ああそうだった。いつも願いは届かず、星が輝くほどはかなくて、月光が照らすほど一人は寂しくて……あ、あっ」


 かたく抱かれてなお、言葉はほとばしる。


「寒かった……こごえそうなほど」


 涙の凍りつく夜。眠れないかげろうの双月。


「夜明けを待つだけ、の鋭い、紅の闇。今は遠い。チカチカと遠くで瞬いている。それは恐ろしく薄寒くて、俺をさいなみ続けていた」


 同時に体が宙に浮いて、天が回り始める。身がこわばり、こきざみに震え、リオンの視線は定まらない。


 内奥を貫かれる痛みが脳髄をかきまわす。


 ゆっくりと世界が回っている。手足の感覚がない。青年はリオンをかき抱いた。

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