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知らせないでおけるものならば、黙っているべきことがある。たとえば恩人が人殺しだったときは知らぬが仏。そして父親が貶められたと知るくらいなら、死に別れたきり何も知らない方がいい。
だが、リオンは両方知らねばならなかった。
二人がつっかえつっかえして、言ってくれなければ、もはや何者もリオンに父親を教えられなかったのだ。
「おちついて聞いて……リオン。あんた、たしか違う母親の姉妹がいるだろう」
チャンプが勢いよく立ち上がって、女将に向き直った。
「おふくろっ」
青年の手はテーブルの縁をかたく握りしめている。
「まあいいじゃないか、チャンプ。どうせだまっておけないんだから」
唇をかんで、青年は黙る。
「初耳です。そんなこと……俺、きょうだいがいるなんて。まちがいじゃ……?」
不思議そうなリオンに女将はやさしい。
「どうせそう思ってると思ったよ」
女将はうつむいた息子を一瞥して言った。
「この子がティユー様の娘、西方の美姫と恋仲でなけりゃね。こんなことは……」
けっして言わないんだけれど、と前置きして女将が深く溜息。そしてふっと柔らかく苦笑した。
「チャンプも馬鹿だよ。はねっかえりとか、気が強すぎるとか文句ばっかり。そのくせ十何年も……」
それから、とリオンは先をうながす。
「話がそれたね。じゃあ、話そうか……あれは十七年前」
リオンはいきおいこんだ。
「俺が……生まれる、まえ?」
もちろんそうだった。リオンは今年で十六年と六月。二つの月がこの夜空でちょうど合わされば十七歳だ。小柄で幼く見えてしまう彼だけれど、それは苦労を物語りはしてもけっして卑下するようなことではなかった。
「その少女はね、チャンプと同じくらいで、どんなにかわいかったか。ちょっと言葉では言い表せないよ」
「はぶけ、そこは。おふくろっ」
赤面して青年がどなった。
女将は平然として続けた。
「そのとき私はなんにも言えずに目を丸くしていたよ。私の子は将来、立派になるって思ってた」
なつかしい思い出を語るかのような女将のまなざしはやさしく潤んでいる。
「父親がいいひとだから、期待もひとしおで。でもチャンプは外をはねまわるだけじゃ飽き足らない子だった……」
そんな文句から始まる女将の話は、小さな恋の芽生えを察知した母親の心の変遷を語る。
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