🔵
チャンプはリオンの連れてきた『客』を離れたところから見ていた。
「で、どういうわけだって?」
リオンは小さなテーブルを借りてシガールを問いつめる。なかなか大きな声は出せないが、チャンプが聞いている。こっそりというわけにもいかず、おおっぴらというわけにもいかず。結局、普通に聞くしかなかった。
「ん……いやー、その。いろいろあってだなあ。それよかちょっと、風呂をつかわしてくんねえかな」
戸口に立ったチャンプが壁から身をはがした。
「こっちだ」
チャンプが案内した先で、シガールの鼻歌が聞こえてきた。
「うさんくさいな。何者だ」
大きな声でチャンプは聞いた。
「知り合いだよ……多分、わけがあるんだ。このまえは身なりもよかった。もちろんふところだって。今あんななのが不思議だよ」
チャンプは納得しない。視線に気づいてリオンは弁解した。
「誤解しないで聞いてくれよ? 俺は山中で知り合ったんだ。彼はさる高貴な生まれで、行き違いがあって家を出たんだそうだ」
少なくとも、聞いた話の中で間違った点はないはずだ。
「しかし、身なりで人は判断できない。容姿でも。その行動が問題だ」
はっきりとシガールを庇うリオンに、チャンプは疑り深く念を押した。
「その行動の原理がどうだか、お聞きしたい。言っとくが、犯罪がらみはごめんなんだからな」
リオンは蒼ざめた。それではシガールの生業と犯罪歴は黙っておくしかない。
「今、なにをしてらっしゃるんだ? あの高貴なお血筋の方は」
チャンプが皮肉気に言ったとき、突然、木の扉からシガールの頭がのぞいた。鼻から雫をしたたらせている。
「ふき布、ねえのか? 気が利かない宿だなあ」
チャンプはだまって長衣を示した。リオンが助け舟を出す。
「それを直接、はおるんだよ。シガール」
頭がひっこんで、長衣姿のシガールがさっそうと立った。彼はわしわしと髪の水気を飛ばしている。あたりに飛ぶのも気にしないらしい。
「本人に聞けよ。そゆことは、なあ」
シガールは一言。それだけでチャンプは部屋を出て行ってしまった。
「へっへっへ、やれやれだ。俺の話を聴きたいなら金を払えってんだ」
毒づいて、シガールはイスに腰かけた。
「聞こえるって、シガール」
人の好い笑顔で彼はこたえた。
「いぃんだよ。ヤジウマなんか関係ないね。ところでものは相談だが、金貸してくんないか」
気楽そうに言うが、リオンにとって楽な相談ではない。
「……金、ないのか」
いったいどれだけ無茶をしたら、あれだけの大金がなくなるのだろう。だがシガールは言う。
「ああ……。すっからかん。酒場でフクロにされるところをマンナが止めてくれなかったら、それこそヤバイ事でもするしかなかった」
マンナというのは酒場で懇意にしていたホステスらしい。懇意というのは男女の仲ということだ。
「それで酒場で働いていたのか」
答えをはぐらかすようにシガールはよそ見をする。
「おめえはなんなんだ? そのかっこう、よく見ると似合ってねえぞ、リオン」
「似合っててたまるか。……そうなんだな、シガール」
広間に飾ってある盾が鈍く光った。
バカにした仕草でシガールは眉を上げた。
「そうなんだろうな。飲み食いすれば金は減る。しかたあるまい」
ひそかに溜息のリオン。どうやったら飲み食いだけで、文無しになれるのだ。
頭痛をこらえてはっきり断りをいれる。
「おどけたって金は貸せない。俺も金なしだ。休憩だけならタダだからゆっくりしていけ、シガール」
あまりにむごい、陽気な答えが返る。
「もちろん、そのつもりさ。なあ、……酒はないのか?」
リオン、絶句状態であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます