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 チャンプはリオンの連れてきた『客』を離れたところから見ていた。


「で、どういうわけだって?」


 リオンは小さなテーブルを借りてシガールを問いつめる。なかなか大きな声は出せないが、チャンプが聞いている。こっそりというわけにもいかず、おおっぴらというわけにもいかず。結局、普通に聞くしかなかった。


「ん……いやー、その。いろいろあってだなあ。それよかちょっと、風呂をつかわしてくんねえかな」


 戸口に立ったチャンプが壁から身をはがした。


「こっちだ」


 チャンプが案内した先で、シガールの鼻歌が聞こえてきた。


「うさんくさいな。何者だ」


 大きな声でチャンプは聞いた。


「知り合いだよ……多分、わけがあるんだ。このまえは身なりもよかった。もちろんふところだって。今あんななのが不思議だよ」


 チャンプは納得しない。視線に気づいてリオンは弁解した。


「誤解しないで聞いてくれよ? 俺は山中で知り合ったんだ。彼はさる高貴な生まれで、行き違いがあって家を出たんだそうだ」


 少なくとも、聞いた話の中で間違った点はないはずだ。


「しかし、身なりで人は判断できない。容姿でも。その行動が問題だ」


 はっきりとシガールを庇うリオンに、チャンプは疑り深く念を押した。


「その行動の原理がどうだか、お聞きしたい。言っとくが、犯罪がらみはごめんなんだからな」


 リオンは蒼ざめた。それではシガールの生業と犯罪歴は黙っておくしかない。


「今、なにをしてらっしゃるんだ? あの高貴なお血筋の方は」


 チャンプが皮肉気に言ったとき、突然、木の扉からシガールの頭がのぞいた。鼻から雫をしたたらせている。


「ふき布、ねえのか? 気が利かない宿だなあ」


 チャンプはだまって長衣を示した。リオンが助け舟を出す。


「それを直接、はおるんだよ。シガール」


 頭がひっこんで、長衣姿のシガールがさっそうと立った。彼はわしわしと髪の水気を飛ばしている。あたりに飛ぶのも気にしないらしい。


「本人に聞けよ。そゆことは、なあ」


 シガールは一言。それだけでチャンプは部屋を出て行ってしまった。


「へっへっへ、やれやれだ。俺の話を聴きたいなら金を払えってんだ」


 毒づいて、シガールはイスに腰かけた。


「聞こえるって、シガール」


 人の好い笑顔で彼はこたえた。


「いぃんだよ。ヤジウマなんか関係ないね。ところでものは相談だが、金貸してくんないか」


 気楽そうに言うが、リオンにとって楽な相談ではない。


「……金、ないのか」


 いったいどれだけ無茶をしたら、あれだけの大金がなくなるのだろう。だがシガールは言う。


「ああ……。すっからかん。酒場でフクロにされるところをマンナが止めてくれなかったら、それこそヤバイ事でもするしかなかった」


 マンナというのは酒場で懇意にしていたホステスらしい。懇意というのは男女の仲ということだ。


「それで酒場で働いていたのか」


 答えをはぐらかすようにシガールはよそ見をする。


「おめえはなんなんだ? そのかっこう、よく見ると似合ってねえぞ、リオン」


「似合っててたまるか。……そうなんだな、シガール」


 広間に飾ってある盾が鈍く光った。


 バカにした仕草でシガールは眉を上げた。


「そうなんだろうな。飲み食いすれば金は減る。しかたあるまい」


 ひそかに溜息のリオン。どうやったら飲み食いだけで、文無しになれるのだ。


 頭痛をこらえてはっきり断りをいれる。


「おどけたって金は貸せない。俺も金なしだ。休憩だけならタダだからゆっくりしていけ、シガール」


 あまりにむごい、陽気な答えが返る。


「もちろん、そのつもりさ。なあ、……酒はないのか?」


 リオン、絶句状態であった。


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