煙が天井にただよう。リオンは呻くほかはない。


「なにを……音をあげるまでやるつもりのくせに。うっ……いい加減……退いて……っく、れ……っ」


 女将が小さなこしらえの台に、食事を運んできたとき。リオンはすでに寝台の中で伸びきっていた。


「よう、おふくろ。タイミング、いいね」


 チャンプの手から灰がこぼれる。


 リオンの背中の上でシガレットをふかしていた息子は女将に殴られた。


「シーツに穴あけるなって言ってるだろっ」


「あいてっ。いいじゃねえか、未遂だぞ」


 とかなんとか、親子がもめているうちに、リオンは遠のいていた意識を取り戻した。


「どうでもいいから、早く退いてくれ……頼むっ」


 べそかきの涙でシーツが濡れてしまった。リオンはむしゃくしゃして寝台をかきまわす。


 ふてくされた顔で食事に向かうと、どういうわけか二人がまじまじと見つめてくる。


「? なんです」


「いえね……」


 リオンはナイフを置いた。バカにしてるのか? まなざしで問う。


「他の子と違うっていうのはほんとだねえ。ねえ、チャンプ、ええ?」


 そして彼女は意味ありげに目配せをしている。面喰って、リオンは動揺。


「あ……そういえば、なんで助けてもらったんです、俺」


 女将は手を打った。


「そりゃ、あんたがかわいいからさ。それに必死の目で飛びかかってきたと思ったら、むちゃくちゃだったんだって?」


 大げさに笑った女将。ところがすぐに黙りこんでチャンプと顔を見合わせている。


 ――わけがわからない。


 リオンはとりあえず礼だけ言った。


「あっ、ありがとう……ございます」


 肩をゆすって愉快気なチャンプ。女将はいたくリオンを気に入った様子。


「まあ、ゆっくりしておいき。チャンプの道楽も、たまにはいいお客をつれてきてくれるよ」


 あまりにも楽しそうなので、何も言えない。


「おふくろ、いいから。後片づけはオレがやるって。だから、な。やたら刺激しねえでくんねえか」


「あらあ、残念ねえ」


「よそへいけってえの。よそへ」


 邪魔ものにされて女将は心外そうだ。


「おまえだって、なんだい。その笑い方」


 女将はぶつぶつ言ったが、スカートをゆらして部屋を出ていった。

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