手紙 中篇
「
「は?」
今回の反応は間違いではない。
さすがに三日連続ともなると話は別だ。幾ら兄に向けた手紙を受ける機会が少なくないとは言え、斯様に続くのは不自然だった。
放課後の学校の玄関ホールで、私は明らかに一人分ではない量の手紙を抱えた女子生徒と対峙していた。私の鞄には、既に溢れんばかりの数の封筒が唸りをあげている。一昨日、昨日、今日と数多の生徒から手紙を託され続けた結果だ。
特に今日の攻勢は苛烈だった。はじめは同学年の女子が主であったのが、我も我もと言う者が後を絶たず、果ては学年性別問わずの手紙委託合戦と相なっていた。朝のグラウンドで三年の先輩方に囲まれたのには動じなかった私も、ホームルーム後に教師からこっそり白い封筒を手渡されたときにはぞっとした。
*
「それじゃ手紙っ、よろしくね!」
「は、はあ……」
今度は私が引き気味になって手紙を受け取る。両手に
いったい何だと言うのか。
兎も角、手紙を兄に渡しさえすればよい。
放課後も絶え間なく手紙を託してくる生徒が現れ続けた結果、だいぶ時間が遅くなってしまっていた。兄もとうに下校している頃だろう。
私は今しがた受け取った手紙の束を鞄に無理矢理に押し込む。
*
玄関口に目をやれば、はやくも夕闇が黒く穴をあけている。
日は落ちかけ、夜の帳が迫っていた。
急がなければ。
慌てて下駄箱に手を掛ける――と、大量の封筒がわっと
堪らず私は駆け出した。
おかしい。
おかしい。
こんな事があるものだろうか。
兄が下宿するアパートに向かって、
*
兄の部屋にたどり着くと、意外にも兄の姿はなかった。
まだ帰宅していないのか。
息を切らせて部屋に上がり込み、無人の六畳間にある筈のない兄の残像を追う。
途端に緊張が途切れて、私はその場に座り込んでしまった。
畳の上に投げ出した鞄から、手紙が何通かこぼれ落ちる。
そういえば――、兄に手紙を渡すという使命にばかり思考を引きずられ、肝心の個々の手紙についての関心が疎かになっていた。
この手紙たちには、いったい何が書かれているのか。
恋文か、あるいはファンレターか。それとも――。
にわかに手紙の中身が気になった。渡すのを代行しているのであるから、少しくらい中身を検分したとしても構わないだろう。加えて、私は兄の身内である。妹の私が兄の身辺に気を配らせたところで、何ら支障はない。
そう、これはあくまで必要な行為だ。
数少ない家族である私が、兄を守るための必然の行動なのだ。
私は自分に言い聞かせる。
そして私は幾つかの手紙を取り、封を開いていった。
*
さっちゃんの童謡を知っていますか? あの歌には実は続きがあって、さっちゃんはバナナを半分まで食べたあと、交通事故で死んでしまうんです。真実の歌を最後まで歌った人は、その日の夜に枕元にさっちゃんが現れて、あの世に連れていかれてしまうそうです。この話を手紙に書いてなるべく多く人に知らせてください。
―― ―― ―― ――
これは友人が実際に見た話です。友人はファミレスでアルバイトをしているのですが、ある日、店の裏で汚い一匹の犬がゴミを漁っていた。友人は汚いなあと思って追い払おうとしたそうですが、その犬がくるりと振り返って、「なんだよ」と喋ったと。その犬は胴体は犬、顔は人間の人面犬であったということです。この手紙を三日以内に書き写して別の人に渡さないと、あなたのところに人面犬がやって来ます。
―― ―― ―― ――
私が小学生の時の話です。
―― ―― ―― ――
これは本当にあった話です。
―― ―― ―― ――
この手紙を見た人、拡散してください! 裏沢駅前に新しく出来た某ハンバーガーショップでは、法律的に不認可の食材が使用されています! ハンバーグには市内某所の地下実験施設で生み出された未知の生物の肉が使われており、パンにも幻覚作用のある薬品が混入されています! この事実を一人でも多くの人に広めてください!
*
「何、これ……」
手紙はどれも、さまざまな怪異や都市伝説に
私はまたしても茫然自失とする。
無数の便箋を床に広げて、当てどなく視線を
一か所に寄せ集められた怪異の情報。
否。
もはやこの手紙の集積自体が怪異と言ってよいだろう。
事実、積み重なった手紙の束からは妖異の類に特有の、酷く独特な臭気が微細ながら漏れ出ていた。ぞわぞわと異形の気配が湧き起こるのを肌で感じる。
部屋に立ち込める重苦しく、濛々とした空気。
手紙の一枚一枚が意志を宿し、私を射竦めているように思えた。
――呑まれる!
一念、私は死地をも覚悟したが――――、
「おや、
ふいに、背後から兄の声がした。
「えっ、あ……にい、さん……?」
気づくと、帰宅したばかりの兄が不思議そうに私を見ていた。
*
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