7.
「
ふふっ、と微笑して
「でもさ。もし……もし仮に、霊界というものが本当に存在したとして――あるいは、霊能力なんてものが本当にあったとしてさ、それを証明する実験結果が出たとしても、今の世間はきっとそれを認めないし、簡単には受け入れられないよな」
霊の存在を世間は認めない。それはその通りなのだと思う。
そういった意味でも、実在非実在の問題にはこだわらないほうが適切と考える。
「霊感。霊視。霊能力……霊が見えるとか見えないとかね、極めて近代的な観念なんだ。枠組みと言ってもいい……だから俺は思うんだよ、暮樫」
洞ノ木君は共感を求めるかのように僕に語る。
霊だとか怪異観の話題は興趣をそそられないでもないが、妹の体調のことに気を揉む僕の中では、およそむなしく通り過ぎていくばかりである。
*
「霊が見えること。それが価値観、物の見え方として認められる――いや、そこまででなくても構わない。社会全体の中で、そういう人間が一定数を獲得している……、交霊技術を当たり前に有した勢力が無視できない数で存在感を示しているということになれば、我々心霊科学の徒も今より少しは……」
洞ノ木君の語り口は次第に独白的になる。
いったい何の話をしているのであろうか。
しかし、そう思ったのは僕だけではなかったようで、
「あなた、あんまりワケの分からないことを兄さんに吹き込まないで頂戴」
と、
「ふむ。ワケの分からないとは心外だね」
「いいから、早く他の人たちの催眠を解きなさいよ!」
「それは――、無理な相談さ」
「……そんなワケないでしょ」
「それがそうでもなくてね」
洞ノ木君は自嘲気味に肩をすくめた。
「この場に働いているのはいわば認識の力、共同幻想による支配だ。交霊会は始まってしまった。もはや、俺独りの手で解除できる段階をとうに過ぎている」
「そんな……」
言鳥は再び打ちのめされたように、返す言葉を失っていた。
*
「だけども、共同幻想というのは意外と簡単に裏返るものでね、今現在この教室を支配しているのは
【 幽霊少女成仏感動系ストーリー 】
……という幻想だけどもさ」
幽霊少女成仏感動系ストーリー。
……そういえば、数日前に洞ノ木君たち相手にそんなようなフィクションの類型についての講釈をしたような覚えがあることを、僕は思い出しかけていた。
「これがたとえば、うん、そうさね、
【 悪霊が潜む教室に閉じ込められたホラーデスゲームストーリー 】
だとしたら――、どうなるだろうかな?」
「ど、どういう意味……」
言鳥が焦るように言い返す。
「言葉通りの意味さ。さて、そろそろそのカメラ、返してもらうよ」
「あっ……」
そうして言鳥の膝の上から例の箱型カメラをさっと取り上げると、洞ノ木君はそれを背後にいた
*
「さあ須奧、キミの出番だ」
「えっ? だってこれは……えっ? あ、このカメラ、熱っ」
唐突に高温状態のカメラを預けられて須奧さんは当惑していた。しかし驚く須奧さんを尻目に、洞ノ木君は須奧さんの横の空間を見つめ、誰もいないはずのそこへ物々しげに語りかける。
「まあ、そういうことだからさ、畢竟、キミには『ただ願いを叶えたいだけの友好的な幽霊少女』のままでいてもらうワケにもいかないのさ、〝リリーさん〟」
「えっ? えっ? どういうこと?」
須奧さんも洞ノ木君の言動をよく理解できてはいないようだった。
「だって洞ノ木君、この交霊会が成功すれば梨々ちゃんの言葉を伝えられるかもって……!」
立て続けに洞ノ木君へと疑問を投げかける。
*
「そうさ、須奧。そう言ったね」
「なら……」
「その目的には、元々のキミは力不足だった」
「……うん。――だから、暮樫君たちにも協力してもらってって、そういう話だったんじゃ……?」
「その通りだ。そのために、市内中の心霊スポットを巡り、霊的なエネルギーを採取してもらった」
「う、うん……」
「その甲斐あって、キミの憑霊能力はこの数日で瞠目すべき成長を果たした。無事にみんなの想いは集まった。そしてそのカメラに貯め込まれた膨大な霊力……。今こそその力、存分に解放するときだよ」
「……えっ?」
優しく囁くような物言いとともに、洞ノ木君は須奧さんが持つカメラに触れる。
そして、そのまま何でもないことのようにその上部分の面を、ぱかりと開いた。
「えっ、これ、なに!? あっ、だめ、抑えきれない……っ!」
同時に、須奧さんはカメラを腕の中に掻き抱いて、その場にうずくまる。
次の瞬間、
「あああああッ、ああああああぁぁぁぁァァァ――ッ!!!!」
須奧さんの絶叫が、室内に響いた。
「さあ、ここから場面転換だ」
その光景を冷静に観察していた洞ノ木君は、一言満足そうに呟くと――、
ひと際大きく、パチンッと指を打ち鳴らした。
その途端――――、
*
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