2.



 はっとして目覚めると、教室だった。


「――やあ。気がついたかい、暮樫くれがし


 朗々とした声に名を呼ばれる。

 顔を上げれば、洞ノ木どうのき悠星ゆうせいがこちらを見ていた。

 彼は教室の真ん中に立ち、にこやかな笑みを向けてきている。


「あれ、ここはええと、学校……?」


 いつもの高校の、いつもの教室。

 そのいつもの――窓際列後ろから二番目に当たる――席に、僕は座っていた。


 僕の周囲にはクラスメイト全員がそれぞれの席に着いていた。みな整然と机に向かい、沈黙を貫いている。それは普段の授業のただ中の光景のようであった。



                  *



「実にご苦労だったね、暮樫」


 洞ノ木君の声はあくまで朗らかだった。


「君の働きのおかげでさ、どうやら成功しそうだよ」

「ううん、そう言われても……」


 正直、何が何やらだ。


「そう言うなよ。暮樫は本当によくやってくれたさ」

「そ、そうなの……かな?」

「ああ。あとは俺たちに任せて、そこで見ていてくれればいい」

「い、いや、ちょっと待って。そもそも、僕はいつのまに学校の教室に――……」



                  *



 ……いや、

 確かにここは、学校の教室とよく似ていた。

 部屋全体の寸法、天井の高さ、窓の造り等は教室のそれを写し取ったかのようであったし、並べられた机や椅子は学校の備品と同一のものであった。一見すると非常に上手く似せられている。


 ……が、それでも全く同じではない。


 床や壁はコンクリートの地が剥き出しであり、廊下側前後にあるはずのドアは見当たらない。天井の照明はやたら古めかしく、ちらちらと明滅を繰り返している。窓には隙間なく暗幕がかかっていて、外の様子は窺えなかった。

 そして、教室前方――通常は黒板が配されている壁面には、堂々、大きなスクリーンが掲げられていた。



                  *



「なんだ、ここは……?」


 最低限の見かけだけ教室に擬態された、教室ではない部屋。

 まるで意味が分からない。


「まあまあ、暮樫。君が気にするようなことは何もないさ」

「で、でも、この状況はいったい……」


 そういえば、洞ノ木君は放課後にクラスのがあると言っていた。

 とすると、ここはその親睦会の会場ということになろうか。……分からない。



                  *



「さあ。役者は揃ったことだし――、始めようか」


 そう厳かに告げ、洞ノ木君はパチンッと指を打ち鳴らした。それを合図として教室の照明が落ち、視界が暗転した――と同時に、眼前のスクリーンに映像が映し出されていた。白い光が暗闇を方形に切り抜く。


 スクリーンに投影されたのは、


 数日前に朝の教室で見たばかりのその異様な図形は、いまや画面いっぱいに存在を主張し、居並ぶ生徒たちを教壇から睥睨するかにも見えた。

 他のクラスメイトは何を思っているのか、前を向いた姿勢のまま、誰ひとりとして言葉を発する者はいない。



                  *



 ……などと考えているあいだにも、映像は目まぐるしく変化していく。


 目玉の模様。分裂する目玉の模様。数字。無数の目玉の模様。数字。教室の写真。数字。数字。黒駒。どこかの風景。数字。目玉の模様。見知らぬ女子生徒の顔。目玉の模様。数字。数字。目玉の模様。数字。目玉。目玉。目玉。目玉。目玉。目玉。目玉。目玉。目玉――…………。


 つぎつぎ差し代わっていく映像は、ひとつひとつを認めることも僕には難しかった。しかし、クラスメイトたちは黙ってその虚ろな視線をスクリーンに注ぎ続けている。彼ら彼女らには、僕には見えない何かが見えているのだろうか――。



                  *



「はいはーい! それじゃあみなさん、よろしいですか――?」


 張り詰めた静寂を破るようにして声を響かせたのは、烏目からすめいとであった。彼女はいつのまにかスクリーンの横に立っていて、ぶんぶんと陽気に腕を振りまわしている。


「ではでは、いよいよお待ちかね! 本日の主役っ! メインゲストのお二人の登場でーす!」


 そうして烏目さんがするりと身を退いた背後から現れたのは――、果たして、申し訳なさそうに佇む須奧すおうさんだった。



                  *









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