7.



暮樫くれがし君、言鳥ことりちゃん。心配かけてごめんね……もう大丈夫だよ」


 須奧すおうさんはよろめきつつ立ち上がる。どう見ても大丈夫そうではない。

 さすがに傍観に甘んじるには忍びなく、僕は手を貸そうとするが、


「ありがとう暮樫君……でも、大丈夫だから」


 儚げな笑みを盾に拒まれてしまう。


「ほ、ほんとうに大丈夫なの?」

「うん、大丈夫」

「それならいいのだけどさ……」


 あえなく、僕は口を噤んだ。



                  *



「言鳥ちゃんも」


 須奧さんの微笑みは、次に言鳥へと差し向けられた。

 が、言鳥の態度は徹底して辛辣であった。


「…………なんですか」


 じっとりとした眼差しで返す。


「ありがとうね」

「……誰もあなたの心配などしていません」

「でも言鳥ちゃん、ちゃんと私を助けてくれたじゃない」

「それは行きがかり上、仕方なく……」

「そうなの?」

「それ以外にないです」

「その割には、けっこう本気な感じに体を張ってくれてたみたいだけど?」

「あ、あくまで結果の話です」

「ううん、つれないなぁ」

「あまり私に構わないでいただけませんか」

「うふふっ……、そうだね」

「……しつこいですよ」

「うん」

「あなた、だからいい加減に――」

「それでも、ありがとう」

「なっ。うぐ……」


 屈託のない須奧さんの笑顔に感化されてか、言鳥は押し黙る。短い言葉の応酬は須奧さんに軍配が上がったらしい。気まずそうに目を背ける言鳥。その様子をにこにこと眺める須奧さん。ひととき、両者の間に言い知れない雰囲気が醸成される――。

 ……いったい僕は何の光景を見せられているのか。



                  *



「――あっ。そうだ」


 と、須奧さんが思い出したふうに声を上げた。


「暮樫君、写真だよ」

「え、うん?」

「写真、心霊写真。ここでまだ撮ってなかったよね」


 そういえばそうであった。

 僕はベンチのほうまで駆け戻ると、放り置いていたカメラを手に取った。洞ノ木どうのき君から渡された箱状のカメラは、お世辞にも持ちやすいとは評し難い。

 ……だがそこで僕は、触れた手の肌に若干の違和感を覚えた。



                  *



 ――カメラというのは使用中にこんなにも高温になるものだったろうか。

 しかし、どうやら一般市販のそれとは構造を異にするらしいこのカメラの性能や性質を、僕は詳しく把握していない。そのうえ、昨日、そして一昨日と、撮影役は布津ふつにほぼ一任していた。ゆえに、現在の発熱が異状なものなのか、はたまた元来的にこういった「仕様」なのか、そのときの僕には分からなかった。



                  *



 程なくして、防護柵の破壊騒ぎを察知した警備員やデパートの関係者がずらずらと集まり始め、僕たちは人目を逃れるように屋上から退散することになる。

 一応、現場に居合わせた当事者として証言すべきことがあるのではないかとも思ったが、言鳥が、


「どうせ叔父さんが上手くやるでしょ」


 と、実に鬱陶しそうに――しかしまたそれがごく自明であるかのように――言うので、僕もそれに追従することにした。



                  *





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