6.
それは厚い鉄板を叩きつけるのにも似た、鈍い金属音だった。
「え……うわっ、――
そこで僕の目に飛び込んできたのは、ふらふらと屋上の縁のほうへと歩いていく須奧さんの姿だった。
どういう力が働いたのか、手前に設置されていたはずの防護柵はひしゃげるほどに破壊されている。須奧さんはその柵のあった位置より先を歩いていた。
彼女の瞳はまったく虚ろでどこを見ているかも分からず、その足取りも覚束ない。そのまま歩みを進めれば、あと数歩で屋上から転落してしまうだろうと思われた。
僕の首筋に嫌な汗が走る。
*
「――いけない」
刹那、僕の隣で
しかしその刃が何かを斬り伏せることはなく――少なくとも僕にはただ虚空を掻いたようにしか見えなかった――、ぶんと空気を裂く音だけがむなしく残った。俊敏で瞬発的な一連の動きは、まさに目にも留まらぬ速さであった。
*
言鳥が刀を鞘に収めたのと、その背後で須奧さんが倒れるのはほぼ同時だった。
「須奧さんっ!」
僕は慌てて走り寄り、崩れ落ちた彼女を抱き留める。
「あれ、私……」
僕の腕に支えられ、須奧さんも正気を取り戻した様子であった。見たところ、目立った外傷は認められない。
「須奧さん、大丈夫? 怪我はない?」
「
呆然と宙を見つめる須奧さんの声に呼応して、言鳥が振り返る。
言鳥の顔は如実に紅潮し、額には何筋かの汗が伝っていた。
*
「はあ、はあ……もう、あなたは……」
「あ、あはは……、ありがとう、言鳥ちゃん……」
僕に抱き起こされた姿勢を維持したまま、須奧さんは弱々しく笑う。その須奧さんの様子を見て、また言鳥は忌まわしげに目を細めた。
「……あなたの口寄せ能力は、私も大したものだと思います。ですけど、私たちには関係ない。いい加減に諦めてください」
「で、でも……私はただ……」
「それにこの有り様――もうあなた一人では制御し切れていないのでないですか?」
そう言った言鳥の視線はおのが足元を見回していた。
周囲には破壊されたフェンスが転がっている。そのどれもが何かに強引に折り曲げられた形跡があった。
例に倣って、二人が何の話をしているのか僕にはまるで分からなかった。
*
しかし、そのとき僕の中に湧いていたのは驚愕や困惑よりも先に、どうしようもない
ああ、また僕の窺い知らないところで何かが起こっている、そして僕はまたそれが起こった瞬間を目撃することが叶わなかったのだ――そのような、ある種の諦念に近い感情が脳裏を駆け巡る。それはおよそ一秒にも満たないごくわずかな時間であったが、僕の胸中を満たすにはじゅうぶんなものだった。
*
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