6.心霊スポット
1.
幼い頃から、霊に出遭うことができなかった。
幽霊や妖怪や、そういったオカルト的な諸々を知覚することが叶わなかった。
妹に言わせれば、それは一様に僕の主観の問題で、聞けばどうやら僕の周囲はつねに溢れんばかりの怪異に満たされているらしいのだが、そう言う妹はあらゆる怪異を見聞きする――否応なく見聞せざるを得ない体質だった。
*
怪異とは共同幻想の一種であるのだという。
ならば、それらを一切見過ごしてしまう僕などは、もしや生来的に他者と暮らすこと、延いてはともに生きていくことそのものに適していないのではないか……とそんな思考に陥るのはもはや何度目になるだろう。
共同や協調が怪異を視ることのひとつの条件であると仮定すると、他人に関心の持てない僕が怪異に出遭えないのも得心できようと思う。
*
両親の記憶は朧げだ。かろうじて脳裏に残るその顔貌は、微視的に解像度を強くしようとすればするほどに淡くぼやけてしまう。それらはことごとく実感から乖離していて、柔らかだった母の声も、大きかった父の手の感触も、今の僕には遠い幻影と思えてならない。
代々怪異を司ってきたという
追憶のフィルムに刻まれているのはどうか妹の笑顔であってほしい。
*
愛するということは、お互いに顔を見合うことではなくて、一緒に同じ方向を見ることだ――というのは誰の言葉だったか。
だけど、たとえ同じ方向を向いていたとしても、その瞳に映るものが同じとは限らない。結ぶ像が、ビジョンが、思い出が、どこまでも平行線をたどって交わらないと思うと少し寂しくもなろう。
それで孤独を覚えるくらいなら、僕は妹のイメージをこの目に留めておくことに注力したい。
*
暮樫家は古くからさまざまな時代や場面で怪異と相対してきた歴史があり、それに応じた人脈も今なお多岐に渡るのだとは叔父の言である。
しかしかつては多くあったはずの、親戚やまじないごとにかかわる人びととの交流は年を経るごとに先細り、昨今はつながりらしいつながりも途絶えて久しい。僕に至っては親しい友人も長くできず、あえて外へ出るようなこともなかったがために知り合いが増えることもなく、いつしか他人の名前を覚えることも忘れてしまった。
*
思い起こされるのは広々とした家の廊下の暗がりと、誰もいない座敷、古く大きな蔵の黴臭さ、そして何かを隠すかのようにそびえ立つ山々――あの鬱蒼とした山峡に閉ざされた暮樫の家で、僕たち兄妹は二人きりだった。
ただ、二人だけがそこにあった。
それでよかった。
僕と妹と、世界には二人がいればそれでよかった。
――――のに。そのはずだったのに。
*
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