8.
斯くして。
上述の経過を受け、心霊写真実験は続行される。
その日、放課後を迎えると僕たちはすぐに学校を出た。
*
高校最寄りのバス停から路線バスに乗り込み揺られること約三十分強。
市中心部からはやや離れた郊外の停留所で下車する。
バスを降りてあたりを見まわす。
一般の住宅街という以上の感慨はない。いわば、新興住宅地。
*
「ううんと、この先みたい……」
と、
こんもりとした山の緑の向こうに、鉄塔が
須奧さんのセミロングの髪が、初夏の陽光に透けて亜麻色に輝いていた。
「それでこっちの道を行って……あ、うん、そうだね。
後に続く僕たちを余所に、須奧さんは楽しげに独り言を漏らしていた。やはり、校内で見るよりもずっと元気そうだ。
*
一方、僕の後ろでは「私、山は嫌いなんだけど……」と不満を
「でもよ、言鳥ちゃん」
「なんでしょうか、布津先輩」
「あの地図ってあれじゃないか……、罠とかじゃないのか」
「はい。その可能性は大いにあります」
「……いいのか?」
「降りかかる火の粉は振り払うまでです」
「そりゃ殊勝なことだが……」
皮肉めいた布津の口調に、言鳥は毅然とした声で答えていた。
……何の話をしているのだろうか。
*
程なくして、僕たち四人は一本のトンネルの前にたどり着く。
主要幹線道路から逸れた場所にあるそこは、道幅も一車線程度しかなく、僕たちが来たときには車通りもなかった。周囲を叢林に覆われ、全体が薄暗い。
付近には雑木林に埋もれるように小さな祠がひとつ設えられてあったが、近づいて見てもそれが何を祀っているのかまでは分からなかった。
「真っ暗だ――」
トンネルの入り口に立ち、中を覗く。しかし内部で道がカーブしているのか、出口の光を見ることはできない。老朽化が進行しているらしく、壁面は剥落が目立った。
*
「ここが、心霊スポット?」
僕は須奧さんに訊ねる。
「うん。ええっとね、洞ノ木君がくれたメモだと、そう言われる由来があって――」
須奧さんが語ったところによれば、以下の通りである。
このトンネルは戦時中に建設されたもので、なんでも身寄りのない労働者を強制的に従事させ、突貫で完成させたものなのだという。その際、工事中に死んだ労働者はそのまま人柱としてトンネルの壁の中に塗り込められた。
以来、このトンネルを通るときにはどこからか苦痛に満ちた呻き声が反響したり、壁から無数の白い手が生えてきてあの世に引き込まれたりするのだと云い――、
*
「それは
須奧さんの話を、途中で言鳥がばっさりと切り捨てた。
「えっ……。えっと、言鳥ちゃん、それってどういう――」
「まず、このトンネルは大正から昭和初期にかけて建設されたものです。戦時中ではありません」
「あ、そうなんだ……」
気の抜けた返事をする須奧さんを無視して言鳥は続ける。
「それに、当時トンネル工事に従事したのは強制労働者などではないです。ここは地元住民の有志によって数年かけて開削されたことが記録から明らかになっています」
*
その話は僕も聞いたことがあった。
この地域は明治時代以降に開墾が進んだ農村地帯だったのだが、山の反対側へ抜けるルートが長くなかった。行政の手もなかなか及ばなかったため、人々が協力して自らトンネルを掘った、ということだった。
郷土誌の本でちらと読んだだけのエピソードだったが、そうか、あの話はこのトンネルのことだったのか――。
*
「――って、言鳥。よく知ってるね、そんな話」
「べ、べつにっ、兄さんのために調べたわけじゃないし。たまたま……、そう、たまたま知ってただけだし」
そう言って、言鳥はぷいと顔をそむける。
僕の問いかけに答えるとき、彼女はいつも不機嫌そうだった。
反論するすべを失った須奧さんはそれでもしばらく僕と言鳥に何か話しかけようとしている様子だったが、口を開こうとしては噤んでを何度も繰り返すばかりだった。
「……ま、いちおう写真は撮っとくか」
トンネルの前で微妙な雰囲気になっていた僕たち三人に向けて、布津が粛々とシャッターを切った。
*
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