10.
「――
五限目の授業が終了した直後に、
片手で僕の机の角を押さえ、しなやかな体躯をこちらに傾けてくる。
「ああ、うんそうだけど」
正面に立った洞ノ木君に、僕は机へ向かったまま頷いた。
そこにサイドテールの女子――
「それでそれで? りよりよセンパイ、何か言ってた?」
烏目さんは無邪気な口調で訊く。
りよりよ……というのは
*
「それは俺も気になるね。何を話していたんだい?」
「どうなのよどうなのよー!?」
二人して随分な食い入りようだった。僕と針見先輩との会話の内容がそんなにも興味を惹く案件だろうか。先輩のファンでもなかろうに。
……いや、支持も人望も厚いと評判の我らが針見りよん生徒会長である。その動向の逐一を気にする生徒がいるのも、むべなるかなと言うべきことなのかもしれない。
*
「うん。
僕は曖昧に流そうとするが、
「ほう、それはそれは! ……で、何か分かったことはあったのかい?」
「私も! 私も知りたい! ねっ、『
そういえば、そんな隊もあった。
詰め寄る二人の気迫に根負けして、僕は昼休みに先輩と話したことを要点のみごく掻いつまんで説明する。
*
今更になって恐縮だが、説明の過程でひとつ気づいたことがあった。
針見先輩の話は、僕が提示した【幽霊】【恋愛】【宇宙】のキーワードを丁寧に拾って進められていたのである。おかげで洞ノ木君たちに話す際にも、自分の中で論点を再整理する労はほとんどなかった。
聞いているときは話の焦点が何処にあるか見定められずにたいそう困惑させられたが、何ということはない、先輩は僕の仮の提案にきっちり答えてくれていたのだ。
もっともそれが判明したところで、先輩が結局何を言いたかったのかは、尚以てよく分からないのだが――。
*
「……ふむ。それはどうにも判断し難いね」
そう言って洞ノ木君は悩ましげに
聡明そうな彼の目は、僕ではなく中空のどこかを見つめていた。
「どうする悠星? 作戦変更?」
烏目さんが洞ノ木君の肩を見上げるようにして問いかける。
「いや――、相手の手の内が読めない。しばらくは現状維持でいこう」
「それで大丈夫かな……?」
「そうさな。少しスケジュールを短縮していくか」
「そうだね! りょーかいりょーかい!」
何の話をしているのだろう。
僕は二人に怪訝な態度を表しかけたが、
「暮樫、俺たちはさ。須奧にはなんとも頑張ってほしいと……って話は午前中にもしたな。ははっ!」
「三埜奈ちゃんはね、あと一歩! って感じだからね!」
快活な言動にそれもさえぎられる。
*
「そうさ。なあっ、みんなもそう思うよな!」
洞ノ木君は周囲に聞こえるくらいの声で言明すると、両手を広げて振り返った。
その言下――、教室内のすべての音と動きが静止した。
洞ノ木君の呼び声に呼応して、それまでこちらに注意を払っている様子もなかったクラスメイトたちが、まるで示し合わせたかのように僕たちのいるほうへと顔を向ける。全員がそれまでの挙動を中断し、無表情にこちらを見つめていた。
*
「ふむ。同調の具合は上々だな……」
洞ノ木君がぽつりとつぶやく。
彼はそのまま厳かに右手を掲げ、
パチン――ッ!
強く指を打ち鳴らした。
その乾いた音が僕の耳に届いたのと、クラスメイトたちが堰を切ったように押し寄せてくるのはほぼ同時だった。僕の席はたちどころに数十人の生徒に取り囲まれる。
「暮樫君――、自分も須奧さんのこと応援するよ!」
「わたしも!」
「頑張れよ、暮樫!」
「みんなおんなじ気持ちだよ!」
「
「何かあったら言ってね!」
「協力するから!」
男女問わず、口々に声援を送られる。
みな揃って喜色満面であった。
なんだなんだ。
須奧さんの相談はいつのまにうちのクラスの共通課題になったのか――。しかしそれもこの一か月、クラスメイトと話題を共有してこなかった僕には判断のつかない疑問であった。
*
「な、俺たちみんな須奧の力になりたいんだ」
洞ノ木君が念押しする。
それ自体は僕も物惜しみするところではない。
だけれど、何が彼女のためになるのかが皆目分からない。昨日から種々検討してきたが、いまだ何も実を結んではいないのである。
*
「なあに、暮樫は暮樫らしく構えてくれていればいいのさ」
「僕らしく?」
「ああ。須奧はさ、そう、幽霊なんだろう?」
少なくとも、須奧さん自身はそう言っていた。
「そしてその発言が暮樫は気になっている。そうだったね」
「まあ、無下にはしたくないかな」
それが彼女の怪異観だというのならば、是非傾聴したい。
針見先輩の話を踏まえたいま、その気持ちはいよいよ高まっていた。
*
「ならさ――、検証してみようじゃないか」
検証。
心霊写真の件といい、実験の類が好きなタイプなのだろうか。
今日のわずか半日の間に、洞ノ木君とは他のクラスメイトとは比にならないほどに言葉を交わしている。が、彼の素性や人間関係だとか、何を思って須奧さんを応援しているのかなどということを、僕は何ひとつとして把握していない。
「今朝の心霊写真実験、暮樫は結果に納得していないのだろう?」
「まあ……、そうかな」
僕が内心迷っていることを、洞ノ木君は臆せずに訊いてくる。
*
「じゃあさ、再度検証してみればいいんだ」
「また同じことをするっていうのかい?」
それに果たしてどれほどの意味があるのだろう。
漠と思う僕に対して、洞ノ木君はハキハキと力説を続ける。
「そう、何度でも何度でもさ。一度の実験で上手くいかなくても、条件を変えてみると違う結果が出るということもある!」
横で烏目さんが「検証検証ーっ!」と、愉快そうに復唱する。
「彼女が自分のことを幽霊だと言うのならさ、その生前の未練の理由とやらを見つけて、成仏させてやればいい――。暮樫もそう言っていただろう?」
「それは……、僕も最初はそういう類の話かとも思ったけど……」
*
悩みを抱えた幽霊は、事件を解決しさえすれば成仏する。
物語の上では確かにそうだ。
そうなのだが――、
「ふむ。だけど成仏、成仏か……」
洞ノ木君がふっと思案顔になる。
「成仏って、そもそも何だ。幽霊の何がどうなったら成仏なんだ……」
唐突に独り言にふけり出す。
先程までの朗々とした演説と対照的に、その声は酷く聞き取りづらいものだった。
「仏になるのか、天国に逝くのか、それとも無に帰るのか? 成仏したあとはどうなる? 霧散するのか、消滅するのか……? 生物の意識とは……?」
「あの、洞ノ木君……?」
「うん? ……ああ、いや失敬。そんなことはどうでもよかったな。ははっ」
顔を上げて笑いかける。
「悠星、大丈夫?」と、烏目さんも心配そうに訊くが、洞ノ木君はああなんでもないと答えて苦笑していた。
*
「しかし……今の須奧にはまだ力が足りない」
切り替えたふうに言う。
「あの生徒会長は頭が固いからね。暮樫にも何か煙に巻くような話をしたのだろうが、まあ、心配するな。大事なのはイマココで、どうあるかなのさ」
爽やかに語る彼の口元で、白い歯が覗いて光った。
「それに――」
と、洞ノ木君が言葉を切る。
彼の浮いた視線の先は、僕の背後に注がれているように感じた。
「……いや、これはいいか」
何だろうか。
つられてちらと後ろに気を向けるが、やはりそこは空席であった。
「とにかく暮樫!」
「ああ、うん」
「分かりやすいストーリーを描いてくれ。段取りは俺たちがつけるからさ」
*
なんにせよ――。
今日も授業の後に引き続き、須奧さんの相談を受ける約束をしているのである。
新規に仕入れた情報や疑問点も含め、あらためて彼女によくよく話を聞いてみればよい。一見した物証が百回聞いた話に及ばないというのであれば、もう百回別の意見に耳を傾けてみる。
それが僕が従来やってきた問題解決のスタイルだった。
針見先輩は僕の方法が好きだと言った。
洞ノ木君は僕は僕らしく構えていればいいと言った。
*
上手くいくかどうかは分からない。
だけど、僕は僕なりのやり方で真摯に問題に向き合っていこう。
そうして見えてくるものもきっとあるはずだ。
僕はそのように思いを新たにした。
*
その日の放課後、須奧さんは相談に現れなかった。
*
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