7.
明治の世においてにわかに脚光を浴びた「
しかし、その結末は明るいものとはならなかった。
その後の実験では、不正や実験器具の取り替え疑惑、否定派による妨害や脅迫等が相次ぎ、ことごとくが失敗に終わる。
そして、明治四十四年一月。スキャンダル報道が続く中で、しまいには被験者の
結局、千里眼の真贋や有無はあやふやなまま、後味の悪いかたちで事件は幕切れを迎えたのだった――――。
*
「――ええ、だいたいそういうお話ですね」
「ざっとした概要はあとでWikipediaの記事でも参照していただくとして――」
「え。Wikipediaに出てましたっけ、千里眼事件」
「出ていますよ?」
と、先輩はささっとスマホを操作して示す。
画面には「千里眼事件」と題されたページが映っていた。
「……ありますね」
「
「それはまあ……」
*
千里眼事件は、怪異に関する歴史的事件という意味では、語るに欠かせない重要トピックではある。
しかし、多くの取り上げられ方としては心霊学的な論争やセンセーショナルな新聞報道が招いた悲劇という側面が、どちらかといえば強いと僕は感じていた。
近代人の怪異観の変遷という点ではひじょうに興味深い事象であることも分かってはいたものの、怪談、怪異譚の蒐集として見るべきものは少ないと思っていた。
ゆえに、個別の語彙でネット検索するほどの調べ方はしていなかったのだ。
*
「そうですね……慥かに、ええ、話型の収集分類――という観点で期待されるところとは、やや異なるかもしれません」
僕の言い訳めいた述懐にも、先輩は淡々と答えていく。
「すみません。ええ、ご興味と違うお話を延々としてしまいまして」
「い、いや、そんな……。それにそういった僕の思考の幅では、
「そうですか? その話型分類の、ええ、物語のパターンに照らし合わせて考えていく方法も、暮樫さんらしくて私は好きですが――」
そこで先輩はふふっと笑って、
「では、情報共有も出来たことですし、もう少し解きほぐしていきましょうか」
そうして手櫛で前髪を軽く整えた。
*
「暮樫さんのご指摘の通り、千里眼事件はセンセーショナルな部分が強いというのはまさにそうだと思います」
「それは新聞の報道による部分――ということですよね」
「ええ、御船千鶴子の千里眼公開実験を口火に、新聞はどこも――とくに地方の新聞が我も我もとそれぞれの地元の千里眼能力者の発掘及び紹介に努めたといいます。そうした過熱した状況が、この騒動を大きく形成していたことは間違いありません」
そしてですね――と針見先輩は強調して言う。
「この地方も、ええ、私たちの学校のあるこの街もまた、そんな千里眼能力者が発見され、研究されていた土地のひとつなのです」
「それは……この辺りでも超能力の研究が行われていたことがある、と?」
「ええ。たとえば―――」
*
針見先輩は机の上へと手を伸ばす。
その手の届く先にあるのは今にも崩落を起こしそうな文書の山――の雑多な紙類に埋もれるようにして立てられたブックスタンド。そこに挟まっていた複数の冊子類の中から、一冊を引き抜いた。
「これはですね、ええ、たとえばこれは
言いながら、先輩は酷く日焼けたその書物を一ページ一ページ、慎重にめくっていく。赤茶けた表紙のそれは教科書ほどの厚さで、古ぼけてはいたが保存状態は悪くはないようであった。
*
「ちょっと待ってください」
「あら」
なんでしょうかと針見先輩は不思議そうに小首を傾げる。
「今、その資料、どこから出しました?」
「それはええ、ここの……」
そう言って針見先輩は再び書類が積まれた机に目を向ける。そうして、その『生徒会予算案』や『年間計画表』などの生徒会の仕事に使うであろうバインダー、加えて、『高校五十年史』や『歴代同窓会会員名簿』等の学校関係の分厚いファイルが並ぶ棚に手を掛けた。
「……ここですけど」
「いや、おかしいでしょう」
「そうでしょうか」
「そうですよ」
*
生徒会関係の書類の中からオカルト系の歴史資料がするっと出てくるのはどう考えてもおかしい。それに、百歩譲ってそれを良しとしたとしても、そんな資料まで一緒くたにまとめておくからこの部屋はこんなにも雑然としているのではないか。
言うべきことは他にもあるようにも思われたが――、生憎として今ここには、いつもすかさずツッコミを入れてくれる友人も、せっかちに話を切り上げたがる妹もいない。重ねて、己のコミュニケーション能力の欠如が身に染みる。
*
「ええ、でも徳命心霊科学会はこの高校――現在の我が校の前身になる組織ですよ」
「えっ」
そうだっただろうか。
僕はかつてこの高校の「学校の怪談」について調べたことがある。
その際に、図書室にある学校の歴史に関する書籍や雑誌等はあらかたひっくり返したと思っていたが……。記憶を手繰るも、一致する項目はない。
*
「――あ。そういえばこれは、開示範囲が限定されている情報でしたね」
先輩は開いていた冊子をぱたんと閉じる。
その顔に焦りの色はなく、むしろ至極落ち着いて見えた。
「私としたことが、柄でもなく少ししゃべりすぎたようです。いけませんね、ええ」
「はあ……」
よく分からないことが多い。
*
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