2.



 そして場面は、再び火曜日の朝である。


 妹は寮の友人と落ち合う約束があると言い、名残惜しくも校門前で別れを告げる。

 若干の寂しさと所在なさを覚えつつ、僕は自分の教室へと向かった。


 時刻は午前七時半にかからぬあたり。朝練に励む運動部の掛け声が昇降口まで響いていた。上履きにはき替え、何人なんぴととすれ違うことなく廊下を過ぎる。



                  *



 そうしてひとり教室にたどり着けば――、果たして教室は無人であった。

 きんとした静けさが耳に痛い。

 確か、須奧すおうさんが僕より先に走っていったはずだが……部活動か、はたまた自習室だろうか。


 ――ということに思いを巡らすより先に、僕の前には異変が広がっていた。



                  *



 誰もいない朝の教室。

 入ってまず視界に飛び込んできたのは、


 人間の目のような不気味な意匠。

 それが黒板の中央いっぱいに書き込まれていた。

 見開かれた片目が僕を見つめる。


 あるいはそれは瞳の中でぐるぐると曲線が渦巻いているようでもあり、またアルファベットか何かの文字をいくつか組み合わせて成っているようにも見えた。


 それだけでも充分にぎょっとするが、



                  *



「何だ……?」


 思わず疑問が口を突いて出る。

 それは異様で奇妙な光景だった。

 見慣れた日常を支配する目玉の異形。 

 威圧さすら感じるそれに僕の思考は一瞬停止を余儀なくされた。



                  *



 ――が、数秒を経ずして我に返った。


 少し冷静になって見渡す。目玉の模様に埋められた教室は視覚的なインパクトはあったが、事実のみを抽出すれば様相はシンプルだ。


 単に黒板に落書きがされ、机に紙が並べられている――。


 それだけである。

 虚を突かれたとはいえ、些か大げさな反応をしてしまったかもしれない。

 こんなことでは、いざ真なる怪異に出遭ったときに判断を見失う。


 模様が現れた原因や理由は皆目不明ではあるが……、僕が現状から頭を捻らせたところで分かるものとも思えないし、また、さしたる興味も湧かなかった。



                  *



 謎の模様の列を素通りし、僕は自分の席に着く。

 当然、僕の机にもそのプリントは置かれていたが、のちに判明することもあるかと思い、捨てずにノートに挟んで教科書とまとめて仕舞った。


 謎はそのうち誰かが明らかにしてくれるだろう。

 僕が焦ってかかずらうことでもあるまい。


 そんなことよりも、今の僕には目下優先すべき課題があった。



                  *



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