9.



「え――?」


 幽霊。

 自己紹介として発せられた自身の所属が、

 それはどのような含意があっての表明だろうか。


「ああっ、あの、違くて! 何と言うか、その……!」


 僕の表情に懐疑の念を読み取ったのか、須奧すおうさんは慌てて前言を打ち消す。


「あ……、僕こそごめん。話を続けてもらえる?」

「でも……」

「いいんだ。須奧さんが話したいように話してほしい」

暮樫くれがし君……」



                  *



 いけない。

 相談者に不安を生じさせてしまった。

 怪異の話を聞くのに、不用意に僕の意見を挟むのは悪手だ。


 あるのないのは重要ではないのだ。

 怪異が事実かどうかなど語り手の主観によって左右される。

 怪異の実在性に逐一拘泥していては本質を見誤りかねない。


 僕にできるのはただ真摯に相手の話を聞く――、それだけである。



                  *



「友達の……そう、友達の話なんだけど」


 ややあって須奧さんは切り出す。


「友達……須奧さんの友達の話?」

「そう、私の友達の話なの!」


 僕の訊き返しに、彼女の声色が目に見えて明るくなる。

 どうやら話を打ち切られることはなさそうだ。

 聞いていた布津ふつがぼそっと「……友達の話っていうのはだいたい本人のことだっていうけどな」と地味なツッコミを入れていたが、無視した。



                  *



「その友達の、心霊関係の話?」

「うん……、その友達がね、言うんだ。ある相手に伝えたい思いがあるんだけど、言えなくて困ってるって」

「ある相手?」

「うん。話しかけたいのに、話しかけられないんだって」

「その須奧さんの友達っていうのは……女子のってことだよね」

「あ、そうだね、女の子だよ!」

「それじゃあ……その話しかけたい相手っていうのは――」

「うん、男子……同じクラスの男の子なんだけど……」

「それで、心霊関係の話なんだ?」

「うん……」


 須奧さんは小さく頷く。

 なるほど。

 徐々にだが、話の道筋が見えてきた。



                  *



「じゃあ……、その相手の男子が幽霊だって話になるってこと?」


 須奧さんの話を聞きながら僕は類似の怪談を思い浮かべる。

 死んだ想い人に生前のようにメッセージを送り届けたい――というのは、幽霊譚としては比較的メジャーな筋書きであった。

 コミュニケーションには疎い僕であるが、相談内容に応じて類例をデータベース的に引き出すことはできる。そのくらいの役には立てるはずだ。

 しかし、


「あっ。ううん。その男の子は普通の、普通の生きてる人間なんだけど……」


 即刻に否定される。


「……あれ。そうなんだ」

「ごめんなさい。言葉が足りなかったよね……あの、私の友達の女の子がね、同じクラスの、近くの席の男の子に伝えたいことがあるんだけど、どうしても伝えられなくて何をすればいいのか分からないっていう、そういう話なの」


 須奧さんはほぼひと息に言い切った。


「ええっと、……それだけ?」

「うん、それだけ」



                  *



 女子の友達がクラスメイトの男子に思いを伝えられなくて悩んでいる――。


 それは。

 それは、というよりもの類ではないだろうか。


 確かに今まで幾人かの相談を受ける中で、恋のまじないに関することや人間関係のもつれに起因する相談もあるにはあったが……。須奧さんが開示してくれた情報の限りでは、よくある恋愛の悩みの領域を出ないように思える。


 これは、僕が持つ妖怪や怪談の知識でアドバイスできるような事例なのか。

 彼女の前で、僕は次の台詞を継ぐことができないでいた。



                  *



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