7.エピローグ
1.
「――いや、おかしいだろうよ」
「おかしいって何がだい、布津」
「なんもかもだよ」
そう言って布津は気だるそうに目尻を押さえ、ため息をついた。
*
ときはある日の放課後。
ところは僕の下宿するアパートの六畳間。
僕と布津は制服姿のままに対座していた。
二人の間には丸座卓と、その上に湯呑みが一つずつ。
初夏の西日が目に眩しい。
布津は高校に入ってからの僕の友人である。
その相貌を詳しく述べるには彼のそれは些か特徴を欠いているが、いつもこうして僕の話をよく聞いてくれる数少ない人物であった。
*
「と言うか、管理人さんってやっぱ生きた人間じゃないのかよ……。いや、もしかしてとは思っていたが……。さっきも普通に挨拶しちゃったじゃんよ……」
と、布津は口元を片手で押さえ、何かもごもごと言っている。
しかしそれはいつものことであるので、特に気にする必要はない。
「だいたいだな、お前のその態度はなんなんだ」
「なんだい、突っかかる言い方をするじゃないか」
「そりゃそうだろ。
「えー、そうかな……」
「そうだよ」
「ううん……」
「話し相手がそんなだったら、俺なら泣いてるぞ」
「それはないでしょ」
「なんでだよ」
「だって……、布津は今もこうして僕の話を聞いてくれているじゃない」
「……それもそうか」
そしてぼくらは少し苦笑し合った。
*
「でもさ、布津」
「なんだ」
「あの不動産屋さんの言う、怪異が見えるか見えないか、あるかないかは些細なことでしかない……っていうのは、僕もそうだと思うところでさ。意外にウマが合うのでないかなって……」
「
「? 何の話だい?」
「……いや、知らないならいいんだ」
*
布津はそこで少し思い巡らすふうをして、
「しかし――、その話の中では何度も暗い暗いと繰り返していたが……、このアパート、言うほどに暗くなくないか?」
「ああうん」
「廊下だって部屋だって、そんな閉め切ってるでもないし……」
「そう。そうなんだよね。でもあのときはそう思ったんだよ」
「――と言うと?」
「いや、アパートが暗かったのはあの初日だけでさ、そのあと引っ越しで来た日には廊下の雨戸とか窓とかも開いていて……あっ。窓ね、ないと思っていたらそれなりにあるんだよね、ここ」
「それはいつも来るときに見ているから俺も分かるが……」
「だよね」
「……まあ、あれ全部が閉じてあったら相当に暗いだろうとは思うな」
「そうでしょ?」
「ううむ……」
布津は何か得心がいかない様子であった。
*
「あと、疑問なんだが」
「なんだい、まだ何かあるのかい」
「いや、ひとつひとつ挙げ始めたらキリがないが……聞いてる話だと、お前がひとり暮らしするかどうかの決定も下宿の手配も、その叔父さんが全て取り仕切ってるみたいだが――」
「うん、まあそうだね」
「そうだねって……それでお前の親は何も言わねーのかよ」
「ああ……、その話か」
「そうでなくても普段からお前たち兄妹は随分自由にやってるようだし……」
「それは心配ないよ、布津」
「……断言するんだな」
「そりゃだって、僕の両親、結構前から封印されてるっていうし」
「ふっ!?」
不意を突かれた顔をして、布津は飲みかけていたお茶を吹き散らした。
胸元を叩きながらぐふぐふと
「なんだい、汚いなあ」
「いやいやいやいや。何だよそれ、初耳なんだが」
「え、どの話がだい?」
「両親が封印されてるってのだよ!」
「ああ」
「反応薄いな……。いや、なんだよ……旅行とか出張とか仕事で不在だとか……その、亡くなってるとかでなく、〝封印〟って」
「ううん……、正直なところ、僕もよく分からないんだけどね」
「おいおい……」
「小学校の四、五年生くらいのときからだったかなあ……。気づいたらいなかったんだけど、何と言うかいまだに実感が湧かないって言うか。とにかく上手く言えないんだよね」
「……ああ。ううむ……」
僕の言葉を聞いて布津は
布津の疑問に僕は拙い説明でしか返せなかった。
しかしそれで布津は何かを察したようで、それ以上のことを聞いてはこなかった。
*
「しかし何にせよ、このアパートだからな。妹ちゃんが気を揉むのもまあ、無理ない話だよなあ」
「そうなの?」
「そうだよ……」
「ううん……、それもイマイチよく分からないんだよね」
「お前はなあ……」
そこで布津はまたひとつため息をつくのだった。
*
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