第百二十二話 透明な刃
「透明な……刃?」
柚月は、目の前に置かれてある宝刀の刃に見とれているようだ。
その刃は、硝子のように透き通っていて、美しい。
日の光を浴びれば、また、違って見えてくるのではないかと思うほどだ。
だが、透馬達は、柚月の様子を見て、首をかしげていた。
「え?刃なんてついてないぞ?」
「え?」
「柄と鍔しかないけど?」
実は、透馬には、透明な刃は、見えていない。
それどころか、柄と鍔が、宙に浮いているように見える。
はじめは、驚いていたが、結界で、宙に浮いているものだと思っていたのだ。
「いや、確かに、刃はついているぞ。透き通ったように見えているが」
「……だが、私も刃はないと思うんだが」
「私もだ」
「え?」
透馬に続いて、勝吏と月読も透明な刃はついていないという。
透明な刃が見えるのは、柚月だけのようだ。
自分は、幻を見ているのだろうか。それとも、術がかけられているのだろうか。
疑問に思う柚月なのであったが、彼の様子を見ていた矢代は、確信したように微笑んでいた。
「……やっぱり、あたしの目に狂いはなかったってわけだね」
矢代は、柚月達の前に出て、結界に触れた。
「実はね、あたしにも見えていないのさ。この宝刀は、柄と鍔しかない」
「そうなんですか!?」
柚月は驚愕する。
なんと、透明な刃が見えているのは、柚月しかいないようだ。
だが、それは幻が見えたわけでも、術にかけられたわけでもないらしい。
その理由を矢代は説明し始めた。
「けど、あんたには見えてるんだろ?あの書物には書かれてなかったんだけど、言伝えがあってね。透明な刃が見える者こそ、この宝刀の使い手となるって」
天城家当主のみに、言い伝えられてきたことがある。
それは、この宝刀の使い手となる条件だ。
透明な刃は、誰に出も見えるわけではない。素質のあるものにしか見えないとう。
だが、この二百年間、透明な刃が見えたものは一人もいない。
隠されていたからと言う理由もあるが、素質のあるものがいなかったのであろう。
この宝刀は、時が来た時、持ち主を選び、この場へ導くと言われていた。
この刃が見えたのは、柚月が初めてである。
柚月が、この透明な刃が見えると知り、矢代は確信したのだ。
柚月なら、この宝刀を使いこなせるであろうと。
「まぁ、実際に手に取ればわかるだろ。解くよ」
矢代は、陰陽術で結界を解き始める。
結界は解かれたが、透馬達にとっては、その宝刀が宙に浮いたままのように見えている。
この時、彼らは気付いたのだ。
本当に、刃がついているのだと。
柚月は、本当に刃が見えているのだと。
「さあ、柚月」
「はい」
柚月は、宝刀を手にする。
その時だ。
突然、宝刀が光り始めたのは。
「!」
柚月達は、思わず目を閉じてしまう。
光を放った宝刀は、今度こそ宙に浮く。
そして、刃は、男性の姿へと変化したのであった。
男性は、柄を手に持ち、柚月達の前に現れた。
「この
「聖刀?宝刀ではないのですか?」
柚月は、矢代に尋ねる。
柚月達が聞いていたのは、宝刀であったからだ。
それに、聖刀と言う刀は、聞いたことがない。
一体、どのような刀だというのであろうか。
「そうだね。この刀に宿っているのは、聖印を持つ八雲だからね。あたしらは、聖刀って呼んでるのさ。久しぶりだね、八雲」
矢代は、八雲に語りかけた。
それも、親しげにだ。
初めて会ったというわけではなさそうだ。
「八雲?この者がか?」
「そうさ」
「矢代、会ったことあるのか?」
「ないよ。でも、話したことはある。少しだけね」
月読の問いに矢代は、淡々と答える。
矢代は、当主となり、初めてここを訪れた時に、八雲と会話を交わした事があった。
彼の姿は、見たことはない。今まで一度も。
だが、矢代は、聖刀に宿っている男が、そして、今、目の前にいる男が、八雲であることはわかっていた。
それ以来、矢代と八雲は、何度も会話を交わしてきたのであった。
「そうだ。私は、天城八雲。この刀……聖刀に宿るものだ。矢代、この者は?」
「この子は、鳳城柚月。宝刀の使い手さ」
「ほう、なるほどな」
八雲は、納得した様子で柚月の顔をまじまじと見ている。
柚月を見て、何かを感じ取ったのであろう。
「あなたが、九十九の父親なのですね?」
「九十九か……久しい名だ。そうだ。私が九十九の父親だ。九十九を知っているのだな?」
九十九の名を聞いた八雲は、懐かし気に語る。
やはり、彼は九十九の父親のようだ。
「はい。お願いです。どうか、力をお貸しいただけないでしょうか?あなたの力で九十九を助けたいのです」
「……どういうことだ?」
八雲は、眉をひそめる。
九十九を助けるために力を貸してほしいと懇願しているということは、九十九の身に何かあったのだと、察しているからであろう。
柚月は朧と九十九のことについて語り始めた。
その後の九十九の過去と二人の今の現状を……。
「そうか。そんなことになっていたとは……」
全てを聞いた八雲は衝撃を受けているようだ。
当然であろう。
九十九は幸せになれたというのに、またしても、天鬼に奪われてしまったのだから。
そして、朧を救うために、命を削り続け、自分の事が聖印京に知れ渡ってしまい、行方をくらませてしまった。
父親としては、不安に駆られる思いなのであろう。
九十九は無事であるのだろうかと。
彼は、ただ九十九の無事を願った。
「八雲、あんたは知っているのかい?九十九がどうして、自分の命を代償にしないと、九尾の炎が出せないのか」
矢代は、気になっていたことがある。
それは、九十九の九尾の炎だ。
なぜ、彼は命を代償としなければ、九尾の炎が発動できないのか。なぜ、その九尾の炎が妖にしか有効でないのか。
九十九が半妖と分かった今でも、疑問点ばかりが生まれる。
その答えが、単に九十九が半妖だからというわけではなさそうだからだ。
「知っている。あの子の力は強力だ。強力であるがゆえに、代償が生まれる。陰陽術の力と九尾の炎の力が合わさったのであろう。ゆえに、妖にしか効果がない」
八雲は知っていた。
いや、調べたといった方が正解であろう。
九十九は、八雲の陰陽術の力と母親の九尾の炎を同時に受け継いでいる。
さらに付け加えれば、燃やすと決めたものにしか燃やせないようにする高度な陰陽術と強力な九尾の炎を発動しているようなものなのだ。
その二つが合わさったことで妖にしか効果がない九尾の炎を発動できたのであろう。
つまりは、九十九は、本人でも気付かないところで、力を制御していたことになる。
だが、高度であるがゆえに、強力であるがゆえに、九十九は命を代償として九尾の炎を発動していた。
自分でも気付かないうちに。
「……そういうことだったんですね。八雲様、どうか、九十九を助けたいのです。力を貸してもらえませんか?」
「いいだろう。……柚月、私の力を、この聖刀・八雲を使うがよい。そうすれば、私の力で明枇を探しだすことができる。そして……その朧の呪いも解くことができよう」
「本当ですか!?」
柚月達は驚愕する。
なんと、九十九の居場所を知るだけでなく、朧の呪いも解けるというのだ。
まさか、朧の呪いまで解くことができるとは、誰も思ってもみなかったことであろう。
それは、矢代でさえもであった。
「私の陰陽術を使えば、可能だ」
聖刀に宿る陰陽術を発動させることで、呪いを解くことは可能であるという。
これで、朧を救う方法も見つけたことになったのだ。
「やったじゃん、柚月!九十九も朧も救えるんだぞ!」
「ああ。本当によかった」
二人を救えると聞いて、柚月達は安堵し、喜んでいた。
後は、聖刀の使い手となるだけだ。
しかし、八雲は、難しい表情を浮かべている。
まだ、何か問題があるかのように。
「ただし、条件がある」
「条件?」
「そうだ。お前が、
先ほどまで、喜んでいた柚月達は、驚愕し、目を見開く。
八雲は、柚月が持ち主にふさわしいか、試すというのだ。
「ま、待てよ!今、そんなことしてる場合じゃないんだって!九十九と朧が……」
「待て、透馬」
焦燥にかられた透馬は、八雲に懇願するが、柚月が制止する。
まるで、八雲の心情を悟っているかのように。
いや、覚悟を決めたといった方が正しいのであろう。
「八雲様も全てわかっておいでだ。だが、聖刀・八雲の使い手になるということは、それ相応の力がなければならないのであろう。だから、試さなければならない。そうですね?」
「……そうだ。すまないな」
八雲もわかっている。
一刻も早く二人を救わなければならないと。
だが、聖刀・八雲は簡単に扱える代物ではない。
本当に持ち主にふさわしいか、試さなければならなかった。
柚月と戦うことで……。
八雲は、申し訳なさそうに、謝罪した。
「いえ……。八雲様、お願いします」
「わかった。では……」
柚月は、真月を鞘から抜いて、構えた。
八雲も、刃のない柄を握りしめ、陰陽術で刃を生み出し構えた。
透馬達は、柚月が無事に試練を乗り越えることを祈り、見守るしかなかった。
「行くぞ!」
柚月と八雲は、互いに刀をぶつけ合う。
二人を救うための試練が始まったのであった。
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